2017年5月6日土曜日

オールユーニードイズ長門有希

 朝比奈さんたち未来人の目的は、なんだったであろうか。長門達は自立進化の可能性、古泉達は世界の平穏と、崩壊の危機の回避という目的があったはずだ。確か未来人陣営は時空震動の原因がハルヒで、それを調査に来たんだったか?いや、待てよ、そう考えると少しおかしいな、整理してみよう。
あの時の朝比奈さんのセリフはこうだ。『三年前。大きな時間振動が検出されたの。ああうん、今の時間から数えて三年前ね。キョン君や涼宮さんが中学生になった頃の時代。調査するために過去に飛んだ我々は驚いた。どうやってもそれ以上の過去に遡ることができなかったから』ということは、原因の調査は朝比奈さん達の目的ではなさそうだ。その後、時間の歪みの中心にハルヒがいた、と言っていることからも、朝比奈さん達は時空振動の原因をハルヒと断定して行動しているわけだ。
思い出した、朝比奈さんの目的を長門に説明してもらったことがある。確か『未来の固定のためには新しい数値を入力する必要がある。朝比奈みくるの役割はその数値の調整』だかなんだったか。つまり朝比奈さんは、ある意味では自分の都合のいいように過去を改変しにやって来ているわけである。無論それはつまり、自分自身が、言うなれば自分の存在する未来が存在するように、という、半ば自衛的で、半ば必然的な行動であるのかもしれないが。しかし、落ち着いて考えてみてほしい。あの冬の大立ち回り、つまり長門のエラーが爆発したあの事件を、ドラえもんのび太の大魔境よろしく未来から解決しに行った時のことを思い出してほしい。古泉の説明であるので、あまり確証のもてる話ではないが、時間は一部の例外を認めるにせよ、基本的には一つの世界線のみを基準に進んでいると考えて良いだろう。なぜなら、時間が一つでないのなら、朝比奈さん達未来人が、わざわざ過去に来て、しかも他の未来人勢力と対立して過去を改変する必要がないのだ。パラレルワールドが存在するならば、何も躍起になって過去を改変する必要はない。無数の分岐の中の一つが朝比奈さん達の暮らす未来になるであろうことは、想像に難くないからだ。ではなぜ、朝比奈さんは過去を改変しなければならないのか。人間のその時その時の選択が、偶然であったにせよ、世界線が一つであるならば、未来から過去へ世界線を俯瞰して眺めた時に、すべての偶然は必然となるだろう。未来にとって世界はその選択しか許容しなかったのだ。では、その必然が揺らぐ時、それはなんであろうか。そう、TPDD、つまりタイムマシンの存在だ。彼らが時間に干渉できるようになって初めて、時間は不可侵で選択を認めない、偶然のような必然で構成されるものから、変質したのだ。時間に干渉できるようになって初めて、朝比奈さん達は時間を制御しなければならなくなったのではないか。まるで核分裂を発見した人類の歴史と同じではないか。そもそも、それが発見されなければ、そんな問題は起こらなかったはずなのだ。しかし、いずれ誰かが発見した時に、悪用されないためにも時間は良識ある人間が制御しなければならない、という発想は必然的に出てくるだろう。冷戦以降の核不拡散条約がいい例だ。しかしそう考えた時に、朝比奈さんと藤原違いは何か、と考えると、それは信ずる正義がいずれの側に属するか、という問題に他ならない。つまり、未来人達が行なっているのは、時間という人間が取り扱うには途方も無い概念を、どちらが主導権を持って管理していくか、という政治的パワーゲームに他ならない。
 そして、落ち着いて考えると、さらに一点不可解なことが気にかかる。
最初の問題に立ち返るが、ハルヒによる時間断層の問題だ。つまり未来人は、俺たちが中学生だったあの頃より過去に、一度も行ったことがないはずなのだ。時間というものを、古い時間の概念超えて観測できるようになった時に、この問題はどうしても避けて通れないものになるだろう。何故ならば、化石のような状況証拠から推察される古生代、人間の発生、宇宙の誕生、そして記録として残る江戸時代や、アメリカ独立戦争、果ては、先ほど話題に出した冷戦ですら、未来人は直接観測できていない、ということになる。というか、過去という概念の、ある地点より前が、一切証明不可能なのだ。時空振動、という概念を考えるに、朝比奈さん達の未来では、時間を一種の振動、つまり波として捉えるのであろう。それはつまり、電磁波で距離を測定するソナーとかと、比較的近いのではなかろうか。観察者効果を考えるに、朝比奈さん達は、未来から何かしらの、粒子のようなものを過去に向けて投射し、その反響を観測しているのではないかと考えられるが、それがある場所を境に、一切存在していない、という状況になるわけだ。少なくとも、データの上ではそうなっているはずだ。それは、断層なんて甘っちょろいものではない、消失、あるいは欠落、と言ってもいいだろう。ある地点より過去は、観測できない以上存在しないのだ。 端的に言ってしまえば、朝比奈さん達未来人の常識において、人類の前史というものは、参照不可能なのだ。無論、化石や、これまでの記録としては残っている、しかし、時間平面理論という、より進んだ、新しい考え方では時間断層以前の歴史は観測不可能なものになっているのだ。
 これは恐らく、古泉達以上に世界五分前仮説を信ずる動機になるだろう。本来なら、超能力者達ではなく、朝比奈さん達未来人がハルヒを神と崇めるべきなんじゃないのか?世界が観測可能になったその時に、ハルヒがその中心にいたのだ。それはつまり、現在俺たちが信じている宇宙理論においてビックバンの中心に知的生命体がいた、というのと感覚的にはほとんど同じだろう。それを神と信じることに、何の躊躇があろうか。
 違う観点から考えてみよう。ハルヒは観測されたからこそ生まれた、と仮定してみる。つまりハルヒの能力は未来人による時間干渉の歪みを補正するために生まれた。という考え方だ。多分に人間原理寄りな考え方だが、従来あったはずの歴史を朝比奈さん達未来人が時間平面理論によって観測可能になったことに、全ての原因を求める考え方だ。俺がかつて信じていたように、サンタクロースも、未来人も、宇宙人も、超能力者もいない歴史が、これまでにあって、朝比奈さん達が観測したことによって、その歴史に歪みが生じた、と仮定する。観測という行為は常に観測対象を変化させる。未来人が時間を観測したことによって、ハルヒが生まれ、その歪みを補正するために、情報統合思念体や、超能力者が生まれた、と考えて見てはどうだろうか。
そもそも過去未来の時間を定量的に観測できる存在は、一種の四次元存在とも言える。今まで俺はそういう存在は情報統合思念体と広域帯宇宙存在だけであると考えていたが、時間を知覚し、時間に干渉できる以上、未来人も一種の四次元的存在であると言えるだろう。時間平面理論は、時間平面の名前の通り、未来人は時間を二次元の連続として捉えている訳であるが、これはわかりやすく説明するための方便でしかないように思う。パラパラ漫画の例えで朝比奈さんが説明してくれたことを思い出して欲しい。彼らは、パラパラ漫画に書き込むが如く、3次元のプレーンに干渉することができるのだ。そして、何より、TPDDだ。何の略称か忘れてしまった方のために改めておさらいするが、あれは「Time Plain Destroyed Device」の略称で、直訳するならば「時間平面破壊装置」と呼ぶこともできる。例えば、時間平面を地層のように考えて見て欲しい。20層下に埋まっている恐竜の化石を掘り返すためには、19層分の地層を掘削して取り除かなければならない。無論、上に建物が建っていたならば、その建物も壊さなければならないし、14層にあったほ乳類の祖先の化石を掘り返そうとしても、その層はすでに掘削されて取り除かれてしまっているので、参照不可能である。日めくりカレンダーを裏から破っていく、と考えてもいいかもしれない。朝比奈さんが言っていた重大なセリフを思い出して欲しい『時間は連続してないから、仮にわたしがこの時代で歴史を改変しようとしても、未来にそれは反映されません。この時間平面上のことだけで終わってしまう。』これは後々起こった事を考えてみると其の場凌ぎの嘘だったのではないかと思える節がいくつかある。そもそも過去の改変が未来に影響を及ぼさないなら、朝比奈さんはハルヒのことなど放っておいて、規定事項も処理する必要がないからだ。
この言葉の意味をそのままに受け取った場合の結論は二つだ、
①   朝比奈さんたちが純粋な知的好奇心からハルヒの行動を観察し、いずれ論文にまとめて学会に発表する。
②   朝比奈さんが遡行した時間平面から、俺たちが存在する時間平面の間は、未来人の時間平面破壊装置によって破壊されてしまっているため、変わるべき未来がそもそも存在しない。
①の可能性もあるにはあるが、まあその場合は何の実害もないので置いておくとして、問題は②の場合だ。時間が空白になる可能性に関しては、古泉が、冬のあの事件の時間的推移を俺に説明する際に考察している。七夕の件に関しても、朝比奈さんは現在に戻ることができず、長門の超宇宙パワーの手助けを借りて、実際に三年間の時間経過を待っている。いや、ダメだな、朝比奈みちるの件のことを失念していた、あの時8日後から来た朝比奈さんは確かに、未来へと戻っている。しかし、落ち着いて考えてみよう、仮に、破壊された時間平面はあったとしよう、しかし、その穴は、過去の朝比奈さんと、俺たちによってしっかり穴埋めされたわけだ。推測でしかないが、時間平面を時間移動することによって破壊している、という可能性はこれによって否定されるわけでもない。移動していない、一定時間から未来は、当たり前に存在していると考えてみれば、これはつまり、漫画単行本の特定のページの間を裁断して引き抜いたような形になる。朝比奈さんが、時間の分岐点の話をしている以上、時間は平面でありながらも、一種のベクトルを持って、未来へと進行している、と捉えることは可能だろう。時間平面理論というのは、時間を時間遡行のために観測するための限定的な、実用重視の考え方であって、本来的な時間は、一般相対性理論における時間概念を依然とっているのかもしれない。とすれば②の状況を仮定した場合、朝比奈さんたちの活動は、最初の時間平面移動によって破壊されてしまった歯抜けになった漫画のページに描き込まれる新しいストーリーを、朝比奈さんたちの暮らす未来に綺麗につながるように修正していると考えることができる。時間平面が積み重ねられていった結果、破壊されていない時間平面との接続における齟齬を最小限に抑えることが、朝比奈さんたちの仕事なのではないだろうか。
 そう言えば、長門たちは時間連続体という言葉を使っている。時間平面という言葉も使ってはいるが、長門たちはどうも俺たちが理解できる言葉を選んで使っている節があるので、時間平面は朝比奈さんから情報共有されている俺たちが理解できる形の用語をあえて使っているという可能性は否定できない。時間平面理論は、時間が平面の連続、つまり、朝比奈さん的に雨ならば、パラパラ漫画のようなものである、という定義である。しかし、長門が行なった、三年間の時間停止に関して言えば、それは大きく矛盾していることがわかる。三年間、時間が止まっていたはずならば、その時間はそこで静止し、その先の未来は存在しないことになる。三年前に時間を止められた俺が、三年後の長門の部屋に出てくることは不可能なのだ。なぜならば、俺と朝比奈さんは、まごうことなく三年前の七夕という時間平面で、時間停止によって未来方向にパラパラ漫画を積み重ねていく工程を停止されていたのだから、俺と朝比奈さんはパラパラ漫画に開いた虚無の穴の底にたゆたっているはずだ。三年後に長門が寝室の襖を開けたとしても、そこには虚無が広がっているだけのはずなのだ。なぜならば、そこに時間平面は存在していないのだから。長門は、TPDDを、原始的な時間移動手段であるということを語っていたが、時間が情報として理論、体系化可能であるのであるから、情報統合思念体も、やはり当たり前に、時間を移動するすべを知っているということになる。何よりも、情報統合思念体は、どちらかというと時間を超越した高次元存在のように、俺は考えている。三年前の長門が、三年後の長門に同期を求めたことをお忘れではないだろう。つまり情報統合思念体にとって、時間というものは操作することのできる情報の一つに過ぎず、人間のように、時間という平面の連続を、未来方向に光速で移動する必要がないのだ。
色々と考えてみたが結局のところ、三次元存在である俺にとって、時間というものを理解することはおそらく無理なのだろう、と思う。それは俺より幾分か頭がいいが、超能力者でありながらも、同じく三次元存在である古泉にだって多分不可能だ。
ともあれ、朝比奈さんは、船の浮く原理が社会常識から削除され、ケプラーの天体望遠鏡は一般教養として普遍化した世界からやってきているのだ。そして、俺たちが知るべきでない未来は『禁則事項』によって覆い隠してくれている。
俺にできることは、せいぜい未来を楽しみにして、今日という時間平面を生きることだけなのだろうな。

「オールユーニードイズ長門有希」完
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