何がしかの締め切りに追われている、というか、その締め切りをだいぶブッチぎってしまっている。そういう時ほど、筆が走るもので、俺はというと誰もいないSOS団室で文芸部の部誌に掲載するための文章を書いている訳である。件の終わらない夏休みのこともそうであるが、どうも俺はこう、締め切りギリギリにならないと、いや、語弊があった、締め切りを過ぎないとやる気が出ないタイプであるようである。そしてその時に優先度が低いものほど締め切りがどんなに果てしない先であろうとも、手をつけてしまう。文芸部の部誌は先月出したばかりなので、これはつまり来年の原稿ということになる訳である。来年までSOS団が存続している可能性も、或いは願望実現能力なんてものが存在している世界では、来年まで世界が存在している可能性すらも怪しいもんだが、その可能性が低ければ低いほど、俺はそれに打ち込んでしまうのである。
古泉は、ハルヒの常識的な思考によって、世界はすんでのところで平静を保っているというのであるが、実際の話、ハルヒが「世界中が全てふわふわのパンケーキでできていればいいのに」みたいなことを願う乙女チックな女子でなくてよかったと思う。実際のところ、長門辺りは「この世の全ての液体がカレーだったらいい」なんてことを考えてそうだし、それを実現する能力もあるものだから、タチが悪い。朝倉なんかはきっとおでんなんだろうな、ところで朝倉がおでんが好き、という設定はどこから来たのだろうか、思い返してみれば俺の思い出せる朝倉の姿は、だいたいおでんを作っている。俺に涼宮の面倒をだとかなんとか言いに来た時も、ガスコンロに寸胴鍋でおでんを作っていたような気がするし、ハルヒが教室でいきなり人目をはばからずに着替え出した時もおでんを作っていたような気がする。思い出すだけでもゾッとするが、放課後の教室で俺を刺殺しようとした時に持っていたのも、確か熱々のちくわぶかはんぺんだった気がする。確か冬にハルヒが消えた時には俺は朝倉にモチ巾着でぶん殴られて意識を失ったのではなかっただろうか。
なんだかおでんのことを考えていたらおでんが食べたくなってきてしまった。ドアを開けるガラッという音がしたので、そちらを見ると長門が「レトルトカレーしかない」と言ってカレーを差し出してきた。確か部室のドアは引き戸ではなかったはずなので、サザエさんの家のドアのようなガラッという音はしなかったはずであるが、俺の覚え違いだったかもしれない。
俺が袋からスプーンで直接カレーを食べていると、ふわふわのパンケーキの塊と、古泉がやってきた。古泉が、「おや、今日は何やら執筆されているようですね、昨日僕が負け越したオセロの再戦はお預けですか?」というので、そこまでいうなら今日もコテンパンにのしてやろう、と机の上を片付け始めた。ふわふわのパンケーキが俺たちにお茶を差し出す。いまいちどこが口なのかわからないし、もはやふわふわのパンケーキと化してしまった朝比奈さん声を発することができないので、それがわかったところでどうということはないのだが。俺はふわふわのパンケーキにお礼をいうと、湯飲みに入った熱々のカレーを飲みくだし、卓上にオセロの盤を挟んで古泉と対面した。
「では…」
古泉が初手の白を置く。こうして、また今日もたわいもない放課後の時間が流れてゆく。
もう何年繰り返したかもわからない、この永遠とも思える時間が…。
「失われた過去と未来の長門有希」完