「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、メル・ギブソンがいたら、私のところに来なさい。以上」
というわけでまさかハルヒが本当にメル・ギブソンを連れてくるとは思っていなかった俺であったので、まさかメルが『マッド・マックス サンダードーム』の冒頭の姿で転校生としてやって来た時には随分驚いたものだが、人間というのは環境に適応する生き物であるので、何変わることなく俺たちは普通の学園生活を送っている。メル・ギブソンにだって人並みの学生時代はあったはずなので、メルがいるから非日常である、などと言われたら、メル・ギブソンもとんだ迷惑だろう。
というわけで俺は何変わることなく、宇宙人の長門有希、未来から来た猫型ロボットのドラえもん、『マッド・マックス サンダードーム』冒頭のメル・ギブソンに囲まれて、それなりに楽しい学園生活を謳歌しているのである。
「見た目に騙されてはいけない」と時折ドラえもんはいう、メル・ギブソンは「あなたは私の心をお読みになった!」と言って平身低頭ドラえもんを慕う。これも言うなれば、ありがちな青春ドラマであって、一般的な高校生であれば、誰だって一度はそういう場面に遭遇したことがあるだろう。でも、誰がどう見たって、ドラえもんはタヌキのロボットだ。猫型である、というのは、あいつ流のジョークのようなものなんだろう。俺の家にいるシャミセンと見比べてもどうしたってあいつが猫型とは思えないのだ。似てるところはヒゲくらいのものだが、それこそヒゲなんて、タヌキにだって、サルバドール・ダリにだって生えている。
『午後七時、陽光園駅前公園にて待つ』と書かれた栞を長門が手裏剣のように何枚も俺に向かって投げつけて来た。どうやら俺が随分と本を読まないので業を煮やしたように思える。
これで長門がいなかったら笑ってやるが、どうやら笑わずに済んだようだ。
「ひょっとして、毎日待っていたとか」
と長門が言った。
どういう意味だ、それは
「…今のは腹話術」
それは随分先に出てくるセリフだぞ、長門よ。
しかしまあ、結局のところ。
最初に話すことは決まっているのだ。
そう、まず−−。
宇宙人と未来人とメル・ギブソンについて話してやろうと俺は思っている。
「ライ麦畑で長門有希」完
2016年10月21日金曜日
2001年宇宙の長門有希
イギリスに出現したポップ・アートとビートルズ音楽は、一瞬のうちに全世界を風靡し、タレントを一変させたのである。 − 瀬木慎一「第三の芸術」
2001年頃には、俺は何をやっていただろうか。なぜならハルヒが時空震を起こし時空を断裂させたのが、涼宮ハルヒの憂鬱が発表された2003年から3年引いて2000年、2001頃には俺は佐々木と随分ねんごろにやっていたはずであるのだが、どうもそのあたりの記憶がおぼろげである。今年はもう2016年も終わりに差しかかりつつある、時の流れは早いもので、ハルヒが2007年ごろから3年ほど書店のそこらで「ごめんネ!」と謝り続けていた時期からも、もう6年が経っていることになる。かくいう俺は未だに高校生をやっている。誰だってそうだ、だから俺だってそうだ。
今日も今日とて俺は部室に行くのだが、そういえばここ4年ほどハルヒの奴を見かけていない気がする。席は真後ろだというのに、変な話だ。いや、俺の後頭部には目がついていないので当然といえば当然かもしれないのだが。
部室では相変わらず長門が窓辺で本を読んでいる。やはり長門がいないとな、と思う。長門のいないSOS団室など、ドラえもんのいない『ドラえもん』、寄生獣の出てこない『寄生獣』、範馬刃牙の出てこない『グラップラー刃牙』みたいなものだ。「よう」と俺はいつも通りに声をかける。これもかれこれ15年近く続けてきた、いつも通りの俺の日常だ。
「いつもより15秒27遅い」
長門は本から目を上げずに、ぽそりと呟いた。すまんな、谷口を避ける際にいつもより右に30センチほど大きく迂回してしまったのがトータルのタイムに響いてしまったようだ。
「今日は古泉いつきも朝比奈みくるもこない」
長門が言うからにはそれは確実なことなんだろうな、と思い、俺はカバンを椅子に置いて、いつもの定位置についた。話題がないので、長門読んでいる本を眺めてみる。どうやら今日は国語辞典が長門のお気に入りらしい。
「そんなの読んで面白いのか?」
俺はいつも通りに長門に問いかけた。これは毎度恒例のやりとりなのだが、最初の頃のハイペリオンなどに比べ、読んでいる本がやれ電話帳だの、寄生虫図鑑だの、フィリピン・タガログ語入門だの、世界最終戦争論だのと特殊化の一途をたどっているが、それはひょっとしてギャグでやっているのだろうか。
長門読破した本は本棚に入りきらず積み上げられて、今では高さにして20キロメートルはゆうに超えた分量になっている。
「そういえば長門よ、この前貸した30万円なんだが」
「借りてない」
長門は間髪入れずに返事をする。そういえば貸してなかったな。
俺は困った様に頭をかいて、今言った自分のジョークのつまらなさを反省した。
「今のはジョーク…?」
長門がやや上目遣いでこちらを見ながら俺に問いかけた。長門の感情を読み取ることに長けた俺だからわかることだが、こう言う表情の時の長門は、大体の場合、俺の言ったジョークのどこが面白かったのかを説明させて辱めてやろう、と言う魂胆である場合が多い。今までのところ178パーセントがそうだったし、今回もそうだろう。
「長門よ、受けなかったジョークを説明させることがどれだけ屈辱的かわかるか?」
と少し強い口調で言ってみた。長門は目を左右に7メートルほど泳がせながら下手な口笛を吹いてごまかそうとした。お前口笛下手だな。
「ところでわたしはあんまんが食べたい」
長門無理矢理な話題の転換に、俺はずっこけかけたがギリギリ3メートルほど上体そらすだけにとどめた。長門は追い詰められると意外と弱いのである。
「わたしはあんまんが食べたい」
もちろんあんまんなど持ち歩いているはずもない、かと言ってここからコンビニまで買いに行こうとすると、最寄りのコンビニまでの距離は98キロあるので随分と時間を浪費してしまうことになる。長門さんや、どうにか我慢していただくことはできませんかね。
「あんまん」
俺は頑として言うことを聞かない長門の口に電話帳を詰め込むと長門はそれを咀嚼し、満足した様に小さなゲップをした。若い女の子が、はしたないなどと思うが、ハルヒよりマシか、と何の益もない比較をして、何だかツボに入ってしまい、吹き出してしまった。
長門は自分が笑われたものだと勘違いして、どうやらお怒りの様である。
朝倉と戦っていた時に朝倉が飛ばしていた、黒い槍みたいなやつを俺に向かって時速365キロメートルでビュンビュン飛ばしてくるので、必死に避けていると、ふと長門が、
「秒速5センチメートル…」
と呟いた。
「何だそれは」
「カタツムリの移動する速度の約10倍の速度」
そうか。
「雲の向こうの天の川銀河は約秒速600キロメートルで運動している」
お、何だ、ちょっと宇宙人っぽいぞ、長門。
「君の名は?」
「それは言えない、お約束だ」
こうして俺の腹部を、15年前俺をかばってくれた長門の再現よろしく、黒い槍みたいなやつが貫くことになるのだが、それにしても俺は一体なんという名前なんだ、お前は?お前の名前はなんなんだ?お前は誰なんだ?俺は一体誰なんだ?俺は…誰だ?
「2001年宇宙の長門有希」完
2001年頃には、俺は何をやっていただろうか。なぜならハルヒが時空震を起こし時空を断裂させたのが、涼宮ハルヒの憂鬱が発表された2003年から3年引いて2000年、2001頃には俺は佐々木と随分ねんごろにやっていたはずであるのだが、どうもそのあたりの記憶がおぼろげである。今年はもう2016年も終わりに差しかかりつつある、時の流れは早いもので、ハルヒが2007年ごろから3年ほど書店のそこらで「ごめんネ!」と謝り続けていた時期からも、もう6年が経っていることになる。かくいう俺は未だに高校生をやっている。誰だってそうだ、だから俺だってそうだ。
今日も今日とて俺は部室に行くのだが、そういえばここ4年ほどハルヒの奴を見かけていない気がする。席は真後ろだというのに、変な話だ。いや、俺の後頭部には目がついていないので当然といえば当然かもしれないのだが。
部室では相変わらず長門が窓辺で本を読んでいる。やはり長門がいないとな、と思う。長門のいないSOS団室など、ドラえもんのいない『ドラえもん』、寄生獣の出てこない『寄生獣』、範馬刃牙の出てこない『グラップラー刃牙』みたいなものだ。「よう」と俺はいつも通りに声をかける。これもかれこれ15年近く続けてきた、いつも通りの俺の日常だ。
「いつもより15秒27遅い」
長門は本から目を上げずに、ぽそりと呟いた。すまんな、谷口を避ける際にいつもより右に30センチほど大きく迂回してしまったのがトータルのタイムに響いてしまったようだ。
「今日は古泉いつきも朝比奈みくるもこない」
長門が言うからにはそれは確実なことなんだろうな、と思い、俺はカバンを椅子に置いて、いつもの定位置についた。話題がないので、長門読んでいる本を眺めてみる。どうやら今日は国語辞典が長門のお気に入りらしい。
「そんなの読んで面白いのか?」
俺はいつも通りに長門に問いかけた。これは毎度恒例のやりとりなのだが、最初の頃のハイペリオンなどに比べ、読んでいる本がやれ電話帳だの、寄生虫図鑑だの、フィリピン・タガログ語入門だの、世界最終戦争論だのと特殊化の一途をたどっているが、それはひょっとしてギャグでやっているのだろうか。
長門読破した本は本棚に入りきらず積み上げられて、今では高さにして20キロメートルはゆうに超えた分量になっている。
「そういえば長門よ、この前貸した30万円なんだが」
「借りてない」
長門は間髪入れずに返事をする。そういえば貸してなかったな。
俺は困った様に頭をかいて、今言った自分のジョークのつまらなさを反省した。
「今のはジョーク…?」
長門がやや上目遣いでこちらを見ながら俺に問いかけた。長門の感情を読み取ることに長けた俺だからわかることだが、こう言う表情の時の長門は、大体の場合、俺の言ったジョークのどこが面白かったのかを説明させて辱めてやろう、と言う魂胆である場合が多い。今までのところ178パーセントがそうだったし、今回もそうだろう。
「長門よ、受けなかったジョークを説明させることがどれだけ屈辱的かわかるか?」
と少し強い口調で言ってみた。長門は目を左右に7メートルほど泳がせながら下手な口笛を吹いてごまかそうとした。お前口笛下手だな。
「ところでわたしはあんまんが食べたい」
長門無理矢理な話題の転換に、俺はずっこけかけたがギリギリ3メートルほど上体そらすだけにとどめた。長門は追い詰められると意外と弱いのである。
「わたしはあんまんが食べたい」
もちろんあんまんなど持ち歩いているはずもない、かと言ってここからコンビニまで買いに行こうとすると、最寄りのコンビニまでの距離は98キロあるので随分と時間を浪費してしまうことになる。長門さんや、どうにか我慢していただくことはできませんかね。
「あんまん」
俺は頑として言うことを聞かない長門の口に電話帳を詰め込むと長門はそれを咀嚼し、満足した様に小さなゲップをした。若い女の子が、はしたないなどと思うが、ハルヒよりマシか、と何の益もない比較をして、何だかツボに入ってしまい、吹き出してしまった。
長門は自分が笑われたものだと勘違いして、どうやらお怒りの様である。
朝倉と戦っていた時に朝倉が飛ばしていた、黒い槍みたいなやつを俺に向かって時速365キロメートルでビュンビュン飛ばしてくるので、必死に避けていると、ふと長門が、
「秒速5センチメートル…」
と呟いた。
「何だそれは」
「カタツムリの移動する速度の約10倍の速度」
そうか。
「雲の向こうの天の川銀河は約秒速600キロメートルで運動している」
お、何だ、ちょっと宇宙人っぽいぞ、長門。
「君の名は?」
「それは言えない、お約束だ」
こうして俺の腹部を、15年前俺をかばってくれた長門の再現よろしく、黒い槍みたいなやつが貫くことになるのだが、それにしても俺は一体なんという名前なんだ、お前は?お前の名前はなんなんだ?お前は誰なんだ?俺は一体誰なんだ?俺は…誰だ?
「2001年宇宙の長門有希」完
あなたの人生の長門有希
「紅白初出場!少年隊!『仮面ライダー』です!」
−加山雄三「第37回紅白歌合戦」
図書館に行きたい、と言われたので、俺はたまの休日をこんな真面目な場所で消化している訳である。長門は俺の隣で黙々と電話帳を読んでいる。なあ長門、それ面白いのか?
「まずまず」
どうやら長門は俺の心の声を読んで返事をしたらしい、こうなってくると俄然やる気を出して心の声を大にして長門とコミュニケーションをとってみたい、という願望が湧き上がってきた。えーと、なんにするかな、いいお天気ですね、なんてのはどうだ。
「今日は曇りでこれから台風の上陸で荒れることが予想される、おそらく閉館時刻になる頃には、あなたが家に帰れないほどの豪雨になることが予想される」
そういえば今日は随分とどんよりした雲模様だったことを思い出す。
「そして私は閉館時間まで梃子でもここを動くつもりがない」
しばらく長門が何を言っているか理解できずにいたが、それは長門が、俺がびしょ濡れになって家に帰れなくなろうが、本を読み続ける、という宣言であることに気づいた。俺の存在価値は今読んでいる電話帳以下なのか、長門よ。
「問題ない、あなたは私の家に来て一晩泊まっていけばいい」
藪から棒の発言に俺は正直驚いてしまったのである、俺が驚いたということは、この地の文で長門に知れてしまっている訳で、これは大変恥ずかしい。なにより長門年頃の女の子が男を家に泊めるなんてことをしてはいかんぞ、そういうのは好き合ってる相手を見つけてしかるべき段階を踏んでからだな…最も過去に俺は3年ほどお前の家で寝たきりになってたことがあるが、あれは朝比奈さんも居たしノーカウントだ!
「問題ない、あなたはおよそ3時間42分後に私の家でシャワーを浴びている」
一体3時間42分後の俺に何が起こったというんだ。
「それに4時間16分後には家に谷口の家に泊まる、という連絡を入れるし、4時間57分後には私と一緒にレトルトカレーを食べている」
なぜそこで嘘をつく必要があるんだ、いや、あるか、さすがにおふくろに女の子の家に泊まるとは言えないしな。
「それに8時間23分後には一緒の布団で寝る。」
やれやれ、あの高名な長門大明神様が言うからには今長門が言ったことは、全部実現しちまうんだろうな。
「それに私はあなたのことを『本文が始まってから句読点、鉤括弧も含めて190文字目』と
『本文が始まってから句読点、鉤括弧も含めて1077文字目』している。だから問題ない。」
地の文がわからない俺にはそんなことを言われてもちんぷんかんぷんだがな。そう地の文で思うと、長門は少し頬を赤らめてそっぽを向いてしまった。
しかし長門は随分未来のことを知っているな、どれくらいさきのことまでわかるんだ?
「あなたは今からおよそ18250日後に死ぬ」
そうか、それは教えてくれなくてもいいぞ、長門。
「あなたの人生の長門有希」完
−加山雄三「第37回紅白歌合戦」
図書館に行きたい、と言われたので、俺はたまの休日をこんな真面目な場所で消化している訳である。長門は俺の隣で黙々と電話帳を読んでいる。なあ長門、それ面白いのか?
「まずまず」
どうやら長門は俺の心の声を読んで返事をしたらしい、こうなってくると俄然やる気を出して心の声を大にして長門とコミュニケーションをとってみたい、という願望が湧き上がってきた。えーと、なんにするかな、いいお天気ですね、なんてのはどうだ。
「今日は曇りでこれから台風の上陸で荒れることが予想される、おそらく閉館時刻になる頃には、あなたが家に帰れないほどの豪雨になることが予想される」
そういえば今日は随分とどんよりした雲模様だったことを思い出す。
「そして私は閉館時間まで梃子でもここを動くつもりがない」
しばらく長門が何を言っているか理解できずにいたが、それは長門が、俺がびしょ濡れになって家に帰れなくなろうが、本を読み続ける、という宣言であることに気づいた。俺の存在価値は今読んでいる電話帳以下なのか、長門よ。
「問題ない、あなたは私の家に来て一晩泊まっていけばいい」
藪から棒の発言に俺は正直驚いてしまったのである、俺が驚いたということは、この地の文で長門に知れてしまっている訳で、これは大変恥ずかしい。なにより長門年頃の女の子が男を家に泊めるなんてことをしてはいかんぞ、そういうのは好き合ってる相手を見つけてしかるべき段階を踏んでからだな…最も過去に俺は3年ほどお前の家で寝たきりになってたことがあるが、あれは朝比奈さんも居たしノーカウントだ!
「問題ない、あなたはおよそ3時間42分後に私の家でシャワーを浴びている」
一体3時間42分後の俺に何が起こったというんだ。
「それに4時間16分後には家に谷口の家に泊まる、という連絡を入れるし、4時間57分後には私と一緒にレトルトカレーを食べている」
なぜそこで嘘をつく必要があるんだ、いや、あるか、さすがにおふくろに女の子の家に泊まるとは言えないしな。
「それに8時間23分後には一緒の布団で寝る。」
やれやれ、あの高名な長門大明神様が言うからには今長門が言ったことは、全部実現しちまうんだろうな。
「それに私はあなたのことを『本文が始まってから句読点、鉤括弧も含めて190文字目』と
『本文が始まってから句読点、鉤括弧も含めて1077文字目』している。だから問題ない。」
地の文がわからない俺にはそんなことを言われてもちんぷんかんぷんだがな。そう地の文で思うと、長門は少し頬を赤らめてそっぽを向いてしまった。
しかし長門は随分未来のことを知っているな、どれくらいさきのことまでわかるんだ?
「あなたは今からおよそ18250日後に死ぬ」
そうか、それは教えてくれなくてもいいぞ、長門。
「あなたの人生の長門有希」完
ヒッチハイカーズ・ガイド・トゥ・長門有希
涼宮ハルヒという女は、なんと言っても不思議な女である。やれ「士農工商って、お金を持ってる商人がそんなに身分が低いわけがないじゃない」などと言いだして歴史を改変し、教科書を書き換えさせたり、「鎌倉幕府がいい国って、じゃあ他の国はどうなんのよ!」とヒステリーを起こしてまた教科書を書き換えさせたり、宇宙旅行をするためには現状のニュートン物理学に支配された世界だけでは不十分であることを知り、アインシュタインに相対性理論を発見させたりした。近い将来、相対性理論では光速を超えることができないという事実に不満を持ち、また教科書は書き換えられることになるだろう。
このようなことができるのも、やはりあいつが『願望実現能力』というとんでもない能力を持っているからで、なんでも願望で済まされるなら、今ここで生きている俺の意思というのは本当に存在するのだろうか、などと疑いたくもなるが、その件については考え始めるとキリがないので、この辺りで思考を置くことにする。そういえば先日久しぶりに出会った佐々木のことを、俺はどうやら高校に入学以来すっかり忘れていたようだが、これは果たして本当にそんなことが起こりうるのだろうか。古泉は世界5分前仮説などというたわけたことを言っていたが、なんだか俺もその辺りを信じてみてもいい気がする。
何は無くとも、俺たちの世界では東西冷戦は未だに続いているし、ベトナムではアメリカが勝ったし、キューバ危機でアメリカ全土の7割と、ソビエト全土の6割が消失している、というのは動かしがたい事実である。
「ちょっとキョン聞いてるの!?」
ハルヒが大きな声で俺を呼んだ。
「いや、すまん聞いてなかった」
渋々俺は謝る、なぜなら謝らずにその場で爆発四散した人間を俺は何人も見てきたからである。
「明日の不思議探索は、エアコンの室外機を見に行くわよ!」
「ヒッチハイカーズ・ガイド・トゥ・長門有希」完
このようなことができるのも、やはりあいつが『願望実現能力』というとんでもない能力を持っているからで、なんでも願望で済まされるなら、今ここで生きている俺の意思というのは本当に存在するのだろうか、などと疑いたくもなるが、その件については考え始めるとキリがないので、この辺りで思考を置くことにする。そういえば先日久しぶりに出会った佐々木のことを、俺はどうやら高校に入学以来すっかり忘れていたようだが、これは果たして本当にそんなことが起こりうるのだろうか。古泉は世界5分前仮説などというたわけたことを言っていたが、なんだか俺もその辺りを信じてみてもいい気がする。
何は無くとも、俺たちの世界では東西冷戦は未だに続いているし、ベトナムではアメリカが勝ったし、キューバ危機でアメリカ全土の7割と、ソビエト全土の6割が消失している、というのは動かしがたい事実である。
「ちょっとキョン聞いてるの!?」
ハルヒが大きな声で俺を呼んだ。
「いや、すまん聞いてなかった」
渋々俺は謝る、なぜなら謝らずにその場で爆発四散した人間を俺は何人も見てきたからである。
「明日の不思議探索は、エアコンの室外機を見に行くわよ!」
「ヒッチハイカーズ・ガイド・トゥ・長門有希」完
2016年10月20日木曜日
プレデターVS長門有希
マッドマックスという映画をご覧になったことがあるだろうか、最近「怒りのデスロード」という続編が公開されたアレである。劇場で「怒りのデスロード」を見た俺は、興奮冷めやらぬままに、前作に当たる作品のDVDをすべてレンタルして来て、見たのである。
そして1を見たときに、俺は思わずこう言ってしまった「世界観全然違うじゃねーか!」
長門有希はご存知の通り宇宙人であるが、実のところトンデモ超能力以外にこいつの宇宙人らしいところを見たことがない。粉になって消えたり、粉にして消したり、というところは見たことがあるが、そこだけ見るとやはりこいつは宇宙人というよりも超能力者と呼称した方が良いのではないか、とさえ思う。もっと言うと、長門は未来も知っているのでなんだかんだで『禁則事項』の多い朝比奈さんよりも未来を見据えて行動しているようにも思う。つまり、超能力者も、未来人もなんとなく宇宙人の下位互換のように感じられてしまうのだ。それはそうと、俺はまたぞろ授業を終えて惰性で部室へ向かう途中であった。冬に差し掛かりつつある外の情景は、なんだか肌寒そうで、このまま帰ると言う選択肢を選択できなかった結果とも言えるだろう。早く部室に行ってストーブで暖をとりたい、などと思ったが、よく考えたらSOS団御用達のストーブは二ヶ月ほど前にハルヒの提案したストーブはガソリンでも動くのか、と言う実験の元に爆発四散してしまったことを思い出し、なんだか部室に行ってもよくないことが起きるのではないかと、そんなちょっとした予感に足取りを重くしながらも部室への道をトボトボと歩いていた。そういえばあの日からハルヒを見ていないが、どうしたことだろう。
部室の扉をノックして開けると、そこには相変わらず長門が窓際で本を読み、古泉が俺が来ることを察知していたのか、将棋の盤を用意し、朝比奈さんは最近凝り出したハーブティーを吟味して入れたお茶にシナモンを振りかけていた。二ヶ月前の爆発事件により、窓ガラスをダンボールで代用し、ところどころ黒焦げになった備品が転がっていることを除けば、いつも通りの部室であった。どうやら俺の心配は杞憂だったらしい。古泉はにっこりといつもの微笑みを浮かべると、
「一局どうですか」
と俺に問いかけてきた。
「お前は王手になると王将を盤外に逃がすからやらん」
古泉の命と俺のお気に入りのシャーペンをかけたオセロは白熱の一途を辿っていた。古泉が紫とグレーの駒を使い始めたあたりで戦略性が4倍にも5倍にも増したからである。
朝比奈さんは、三ヶ月前の事件でブラジルから自分の足一つで帰ってきた経験を生かしてサバイバル生活術の本を執筆している。長門は『涼宮ハルヒの消失で英文法が面白いほど身につく本』と言う本を読んでいる。
「長門、その本は面白いのか?」
駒を打つ手を止めて長門に問いかけて見た。
「普通…」
長門はいつもの調子で答えた。おそらく本当に普通なのだろう。
目を離している隙に、盤面は四色の駒がうずたかく積み上がり、三次元的な戦略性も内包した高度な頭脳戦と化していた。
「じゃあ、4-3-9紫だ」
俺は平気な顔で紫の駒を8枚積み上げられた駒の上に乗せた。
「おやおや…これはこれは…」
古泉の顔に若干だが焦りの色が見える。それはそうだ、この手が決まったことで73手先でのチェックメイトが確定したからだ。
「…ところで古泉喉が乾かないか?」
古泉はひたいから伝う汗を袖で拭った。
「そうですね、僕が買ってきましょう」
そう言うと古泉は部室から出て行った。俺はこの隙に5-1-4の黒を白にすり替え、うずたかく積み上がった駒の上に絶妙のバランスでドラえもんドンジャラを乗せた。
コーラと午後の紅茶を買って戻ってきた古泉は、この盤面を見て愕然としていた。
「4-0-8、5-2-6のドラえもんドンジャラで今回は引き分けだな」
古泉は俺にコーラを投げて渡すと、「んっふ」とも聞き取れるような笑い声をあげた。
コーラを投げるな。
案の定フタを開けると同時に吹き出してしまったコーラでびしょ濡れになる俺を見て、古泉も、長門も、朝比奈さんもクスクスと笑いをこらえていた。
それから俺と古泉はドンジャラを用意し、改めて今度は森さんの命と、俺のお気に入りのシャーペンをかけたドラえもん-サクラ大戦4モノポリードンジャラを始めたのだった。
ところでここから20キロメートル離れた病院で、今まさにハルヒの心電図が緩やかに静寂へ向かっていると言うことを俺たちは知らなかった。そう、知らなかったのだ。
「プレデターVS長門有希」完
そして1を見たときに、俺は思わずこう言ってしまった「世界観全然違うじゃねーか!」
長門有希はご存知の通り宇宙人であるが、実のところトンデモ超能力以外にこいつの宇宙人らしいところを見たことがない。粉になって消えたり、粉にして消したり、というところは見たことがあるが、そこだけ見るとやはりこいつは宇宙人というよりも超能力者と呼称した方が良いのではないか、とさえ思う。もっと言うと、長門は未来も知っているのでなんだかんだで『禁則事項』の多い朝比奈さんよりも未来を見据えて行動しているようにも思う。つまり、超能力者も、未来人もなんとなく宇宙人の下位互換のように感じられてしまうのだ。それはそうと、俺はまたぞろ授業を終えて惰性で部室へ向かう途中であった。冬に差し掛かりつつある外の情景は、なんだか肌寒そうで、このまま帰ると言う選択肢を選択できなかった結果とも言えるだろう。早く部室に行ってストーブで暖をとりたい、などと思ったが、よく考えたらSOS団御用達のストーブは二ヶ月ほど前にハルヒの提案したストーブはガソリンでも動くのか、と言う実験の元に爆発四散してしまったことを思い出し、なんだか部室に行ってもよくないことが起きるのではないかと、そんなちょっとした予感に足取りを重くしながらも部室への道をトボトボと歩いていた。そういえばあの日からハルヒを見ていないが、どうしたことだろう。
部室の扉をノックして開けると、そこには相変わらず長門が窓際で本を読み、古泉が俺が来ることを察知していたのか、将棋の盤を用意し、朝比奈さんは最近凝り出したハーブティーを吟味して入れたお茶にシナモンを振りかけていた。二ヶ月前の爆発事件により、窓ガラスをダンボールで代用し、ところどころ黒焦げになった備品が転がっていることを除けば、いつも通りの部室であった。どうやら俺の心配は杞憂だったらしい。古泉はにっこりといつもの微笑みを浮かべると、
「一局どうですか」
と俺に問いかけてきた。
「お前は王手になると王将を盤外に逃がすからやらん」
古泉の命と俺のお気に入りのシャーペンをかけたオセロは白熱の一途を辿っていた。古泉が紫とグレーの駒を使い始めたあたりで戦略性が4倍にも5倍にも増したからである。
朝比奈さんは、三ヶ月前の事件でブラジルから自分の足一つで帰ってきた経験を生かしてサバイバル生活術の本を執筆している。長門は『涼宮ハルヒの消失で英文法が面白いほど身につく本』と言う本を読んでいる。
「長門、その本は面白いのか?」
駒を打つ手を止めて長門に問いかけて見た。
「普通…」
長門はいつもの調子で答えた。おそらく本当に普通なのだろう。
目を離している隙に、盤面は四色の駒がうずたかく積み上がり、三次元的な戦略性も内包した高度な頭脳戦と化していた。
「じゃあ、4-3-9紫だ」
俺は平気な顔で紫の駒を8枚積み上げられた駒の上に乗せた。
「おやおや…これはこれは…」
古泉の顔に若干だが焦りの色が見える。それはそうだ、この手が決まったことで73手先でのチェックメイトが確定したからだ。
「…ところで古泉喉が乾かないか?」
古泉はひたいから伝う汗を袖で拭った。
「そうですね、僕が買ってきましょう」
そう言うと古泉は部室から出て行った。俺はこの隙に5-1-4の黒を白にすり替え、うずたかく積み上がった駒の上に絶妙のバランスでドラえもんドンジャラを乗せた。
コーラと午後の紅茶を買って戻ってきた古泉は、この盤面を見て愕然としていた。
「4-0-8、5-2-6のドラえもんドンジャラで今回は引き分けだな」
古泉は俺にコーラを投げて渡すと、「んっふ」とも聞き取れるような笑い声をあげた。
コーラを投げるな。
案の定フタを開けると同時に吹き出してしまったコーラでびしょ濡れになる俺を見て、古泉も、長門も、朝比奈さんもクスクスと笑いをこらえていた。
それから俺と古泉はドンジャラを用意し、改めて今度は森さんの命と、俺のお気に入りのシャーペンをかけたドラえもん-サクラ大戦4モノポリードンジャラを始めたのだった。
ところでここから20キロメートル離れた病院で、今まさにハルヒの心電図が緩やかに静寂へ向かっていると言うことを俺たちは知らなかった。そう、知らなかったのだ。
「プレデターVS長門有希」完
月は無慈悲な夜の長門有希
長門はかつて過去現在未来全て自分と同期していたという、それはつまり自分がこれからなにをするのか、周りの人間がなにをするかということがわかっていたことになる。そういえばかつて、長門が読んだという「タイタンの妖女」という小説の話を聞いたことがある。その小説に出てくる変なじいさんは時空の狭間だがなんだかに飲み込まれ、過去現在未来全てに偏在する神のような存在になってしまったのだという。しかし、人々の運命というのは複雑に絡み合った糸のようなもので元々1人の人間だったそのじいさんがなにをしようと変えられるようなものではないらしい。長門の話の中で最も印象的だったのは、『ジェットコースターに乗っている人間がジェットコースターの終着点を知っていたとして、なにができるだろうか』というような言葉だった。わざわざそんな話を俺に聞かせたということは、長門なりのメッセージだったのではないか、と、今となっては思うのだ。あの冬の事件以来、長門は未来の自分と同期することはやめているというが、それは記憶という形で、やはり長門の中に残っているのではないだろうか。と言う訳で、俺は少し長門に対して小さないたずらをしてみようと思い立った訳である。
部室に入るといつものごとく長門が1人で本を読んでいた。これはもちろん俺の段取りで、ハルヒはカエルは睨み続けると油を体から分泌しその油は全ての傷を治す万能薬になる
という話を聞かせたところ意気揚々とリストカットした手首から血を垂れ流しながらカエルとにらめっこを続けているし、朝比奈さんは俺の掘った18メートルの落とし穴にはまっているので、とても部室に来られる状況ではあるまい、古泉はつまらないギャグを言ったので16トンの重りで潰した。
かくして本来ならあり得なかった、長門が1人で部室で本を読んでいる、という状況を作り上げた訳である。
長門はしばらく俺の方を見てから、また本に目を落とした。普通の人が見たらいつも通りの長門である、と判断するだろうが、もはや熟練の域に達した長門マイスターである俺は長門のわずかな変化、目を若干泳がせ、額にやや汗をかいているという状況を見逃さなかった。
俺は長門の方に歩を進め、屈みこんで長門の顔を覗き込んでみた。
「…なに?」
俺はここでなにも言葉を発しないことを選んだ、沈黙は金と言うしな。そうして沈黙が短く見積もっても5分ほど経った頃、長門の動揺は明らかに見て取れるくらいに拡大したように見えた。
「…」
とはいえ長門は目をちらほら逸らすくらいのものでそこまで大きな動揺を見せているとは言い難いものだった。俺は長門から離れると、いつもの定位置に座り、オセロのボードを取り出した。
長門が不安そうにじっとこっちを見ているが俺はそんな目線を気にしていないかのようにオセロの駒を縦に積み上げ、白黒白黒と七回続いた後に黒白と逆さまの駒を挟んで見たり、積み上がったオセロの駒の4段目を崩さないように引き抜いてみたり(これはどう考えても失敗で、縦一列に積み上がったオセロの駒は普通に崩れてしまった)、その反省を生かして今度は交差する形でオセロの駒を積み上げてまた崩してみたり、オセロの白黒をモールス信号に見立て、SOSのサインを盤面に並べてみたりした。突然意味のわからない行動を無言で始めた俺に、長門は相当当惑したのか、ソワソワとこちらを確認するような仕草を繰り返している。額には大玉の汗を滲ませ、目はどこか虚ろになっている。
「…それ」
長門はついに立ち上がり、オセロの盤面を指差して発言した。俺は断固答えず。オセロの駒で築かれたオセロ王国を作ることに夢中になっている振りを続けた。長門がこちらに興味を持ったことを確認し、俺はオセロの駒に将棋の駒を混ぜて、将棋オセロなる自分が今考案した遊びを始めた。
「あなたはなにをしている?」
長門は頑として自分を無視する俺に対して不満と不安をないまぜにした表情で俺に問いかけるが、俺は、まさかここでオセロの白に銀将が挟まれて成ってしまうとは…などと別のことを考える事に徹していた。盤面は黒優勢、王手2手前、白チェックメイトで、相当煮詰まってきている。
盤面の煮詰まり具合と同時に、長門が先を予測できない不安でストレスを溜めていることを察する。
「あなたはなにをしている?」
長門が同じことを2度言った。これは相当なストレスを感じている証左だろう。俺はなおも無視を続け、盤面を進める事に徹した。将棋の駒はルール通りにしか動けないのに、オセロの駒は盤面のどこにでも置けるので、どう考えても将棋が不利だな、などと言うことを考えていた。
「きいてほしい」
長門が業を煮やしてか、やや顔を赤くして強い調子で俺の肩に手を置いて言った。
俺は黒に王将の右隣を取られて汲々としておりそれどころではなかった。そもそもオセロ側はどうやったら負けなんだ?などと益もない事を延々と考えていると長門はオセロの盤に手をかけてそれをひっくり返した。これは俺も見たことのない長門一面であった。俺は面食らった。
「現在の事象に予測不可能な異変が生じている、あなたの行動も不可解、これはエラー?」
俺は長門の方をじっと見ながらおもむろに立ち上がった。さも、もう少しで決着を見ようとしていた将棋オセロの盤面をひっくり返されたことで怒っているような表情で長門にゆっくりと詰め寄っていく。
「…????????」
長門は少し怯えるような表情を見せると後ずさりしながら口を開いた。
「…盤面をひっくり返したことは謝る、謝るから話を聞いてほしい」
俺は無言のまま長門に一歩また一歩と詰め寄っていく。
「ままま、まつがよい、まつがよい…さっきのことに関しては私が全面的に悪い、でも今はそれどころではない、聞いてほしい、未来が予測される状況と大きく異なっている…早く修正しないと大変なことになる…」
口元もおぼつかない長門は、目に見えるほど汗をだくだくと流し、目は今にもバタフライで世界記録を叩き出すのではないかと言うほどに泳いでいる。体はガタガタと震えている。なんだか俺は長門が可哀想になってしまったので、この辺りでこのいたずらを終わらせることにした。
「冗談だ」
「まつがよい、まつが…」
長門は俺がなんと言ったのかを理解したのか、ゆっくりと平静を取り戻していくと
「全て予測された事象、あなたの冗談だと言うことも実は最初からわかっていた」
と言った。
それから俺たちはもう暗くなりかけた空を見て、ゆっくりと帰り支度をし、部室を後にした。帰り道で朝比奈さんを掘り出しに寄ったが、この時は長門の宇宙人パワーが大活躍だった。地球の反対側のブラジルから朝比奈さんが生還したと言うニュースを聞いた時は俺もたいそう驚いたものだ。ハルヒの姿はその日から見ていない。ただ、ハルヒの机の上に置かれた花瓶と、その花瓶から伸びる、俺が名前を知らない綺麗な花が、風に吹かれて揺れていた情景だけを確かに覚えている。
「月は無慈悲な夜の長門有希」完
部室に入るといつものごとく長門が1人で本を読んでいた。これはもちろん俺の段取りで、ハルヒはカエルは睨み続けると油を体から分泌しその油は全ての傷を治す万能薬になる
という話を聞かせたところ意気揚々とリストカットした手首から血を垂れ流しながらカエルとにらめっこを続けているし、朝比奈さんは俺の掘った18メートルの落とし穴にはまっているので、とても部室に来られる状況ではあるまい、古泉はつまらないギャグを言ったので16トンの重りで潰した。
かくして本来ならあり得なかった、長門が1人で部室で本を読んでいる、という状況を作り上げた訳である。
長門はしばらく俺の方を見てから、また本に目を落とした。普通の人が見たらいつも通りの長門である、と判断するだろうが、もはや熟練の域に達した長門マイスターである俺は長門のわずかな変化、目を若干泳がせ、額にやや汗をかいているという状況を見逃さなかった。
俺は長門の方に歩を進め、屈みこんで長門の顔を覗き込んでみた。
「…なに?」
俺はここでなにも言葉を発しないことを選んだ、沈黙は金と言うしな。そうして沈黙が短く見積もっても5分ほど経った頃、長門の動揺は明らかに見て取れるくらいに拡大したように見えた。
「…」
とはいえ長門は目をちらほら逸らすくらいのものでそこまで大きな動揺を見せているとは言い難いものだった。俺は長門から離れると、いつもの定位置に座り、オセロのボードを取り出した。
長門が不安そうにじっとこっちを見ているが俺はそんな目線を気にしていないかのようにオセロの駒を縦に積み上げ、白黒白黒と七回続いた後に黒白と逆さまの駒を挟んで見たり、積み上がったオセロの駒の4段目を崩さないように引き抜いてみたり(これはどう考えても失敗で、縦一列に積み上がったオセロの駒は普通に崩れてしまった)、その反省を生かして今度は交差する形でオセロの駒を積み上げてまた崩してみたり、オセロの白黒をモールス信号に見立て、SOSのサインを盤面に並べてみたりした。突然意味のわからない行動を無言で始めた俺に、長門は相当当惑したのか、ソワソワとこちらを確認するような仕草を繰り返している。額には大玉の汗を滲ませ、目はどこか虚ろになっている。
「…それ」
長門はついに立ち上がり、オセロの盤面を指差して発言した。俺は断固答えず。オセロの駒で築かれたオセロ王国を作ることに夢中になっている振りを続けた。長門がこちらに興味を持ったことを確認し、俺はオセロの駒に将棋の駒を混ぜて、将棋オセロなる自分が今考案した遊びを始めた。
「あなたはなにをしている?」
長門は頑として自分を無視する俺に対して不満と不安をないまぜにした表情で俺に問いかけるが、俺は、まさかここでオセロの白に銀将が挟まれて成ってしまうとは…などと別のことを考える事に徹していた。盤面は黒優勢、王手2手前、白チェックメイトで、相当煮詰まってきている。
盤面の煮詰まり具合と同時に、長門が先を予測できない不安でストレスを溜めていることを察する。
「あなたはなにをしている?」
長門が同じことを2度言った。これは相当なストレスを感じている証左だろう。俺はなおも無視を続け、盤面を進める事に徹した。将棋の駒はルール通りにしか動けないのに、オセロの駒は盤面のどこにでも置けるので、どう考えても将棋が不利だな、などと言うことを考えていた。
「きいてほしい」
長門が業を煮やしてか、やや顔を赤くして強い調子で俺の肩に手を置いて言った。
俺は黒に王将の右隣を取られて汲々としておりそれどころではなかった。そもそもオセロ側はどうやったら負けなんだ?などと益もない事を延々と考えていると長門はオセロの盤に手をかけてそれをひっくり返した。これは俺も見たことのない長門一面であった。俺は面食らった。
「現在の事象に予測不可能な異変が生じている、あなたの行動も不可解、これはエラー?」
俺は長門の方をじっと見ながらおもむろに立ち上がった。さも、もう少しで決着を見ようとしていた将棋オセロの盤面をひっくり返されたことで怒っているような表情で長門にゆっくりと詰め寄っていく。
「…????????」
長門は少し怯えるような表情を見せると後ずさりしながら口を開いた。
「…盤面をひっくり返したことは謝る、謝るから話を聞いてほしい」
俺は無言のまま長門に一歩また一歩と詰め寄っていく。
「ままま、まつがよい、まつがよい…さっきのことに関しては私が全面的に悪い、でも今はそれどころではない、聞いてほしい、未来が予測される状況と大きく異なっている…早く修正しないと大変なことになる…」
口元もおぼつかない長門は、目に見えるほど汗をだくだくと流し、目は今にもバタフライで世界記録を叩き出すのではないかと言うほどに泳いでいる。体はガタガタと震えている。なんだか俺は長門が可哀想になってしまったので、この辺りでこのいたずらを終わらせることにした。
「冗談だ」
「まつがよい、まつが…」
長門は俺がなんと言ったのかを理解したのか、ゆっくりと平静を取り戻していくと
「全て予測された事象、あなたの冗談だと言うことも実は最初からわかっていた」
と言った。
それから俺たちはもう暗くなりかけた空を見て、ゆっくりと帰り支度をし、部室を後にした。帰り道で朝比奈さんを掘り出しに寄ったが、この時は長門の宇宙人パワーが大活躍だった。地球の反対側のブラジルから朝比奈さんが生還したと言うニュースを聞いた時は俺もたいそう驚いたものだ。ハルヒの姿はその日から見ていない。ただ、ハルヒの机の上に置かれた花瓶と、その花瓶から伸びる、俺が名前を知らない綺麗な花が、風に吹かれて揺れていた情景だけを確かに覚えている。
「月は無慈悲な夜の長門有希」完
ジョン・レノン対長門有希
「お、長門だけか」
部室のドアを開けるとそこには窓辺で本を読む長門がいるばかりであった。
「そう」
長門はわずかに頷くような仕草とともに、そう答える。このわずかな角度の変化を感知できるのは、世界広しといえど俺くらいのものだろう。ふと、長門読んでいる本が気にかかった。
「なにを読んでるんだ?」
長門はわずかに首をかしげるような仕草をする。このわずかな角度の変化を感知できるのも、やはり世界広しといえど、俺くらいのものだろう。少なくとも陸上では俺だけだという自負がある。俺が潜水できる海の深さより先の深海にいるかどうかは、確認できないので考えないこととする。
暫くして長門は俺の言ったことを理解したように、本の背をこちら側に向けて示した。長門はめちゃくちゃ頭もいいし回転も速いはずなのに、基本的に普段の挙動がスローなんだよな、などと関係ないことを考えながらもその本のタイトルに目を走らせる。
そこには『ジョン・レノン対火星人』というタイトルと、うまいんだかへたなんだかよくわからない絵が載っていた。
「高橋源一郎という人の小説…」
長門は−30dbで小さく付け加えた。
「面白いのか?」
長門は0.7mmほど顎を引いて困ったようにコンマ数ピコメートル眉をあげたかと思うと、2mmほど口を開いて「面白い」、と答えた。この仕草の示すサインはこれから小一時間怒涛のオタク語りが始まるがそれを聞きたいのか聞きたくないのか?という確認の意味を含んだジェスチャーである。
「2分37秒41ほどで簡潔に頼む」
と俺が言うと、長門は
「3分5秒61より簡潔に話すと意思疎通に齟齬が発生すると思われる」と答えた。
「2分47秒29くらいでなんとかならんか」
と俺は粘ってみる。
「高橋源一郎の他の作品を読んだことは?」
「存在すら知らん」
長門は眉根を2ミリほど寄せ、やや困ったような表情を作る。眉根が2ミリは『やれやれ、あなたの無知無教養ぶりにはうんざりする、幼稚園からやり直して欲しい』という主張を婉曲に俺に伝えようとする時に決まって長門が発するサインである。実のところ俺はかなり頻繁に長門にこれをやられる。
「間でまったく息継ぎをしなければ2分56秒57までは短縮できるがそれ以上は発話に齟齬が発生することになる」
長門の瞳が28μmほど揺らぐ、これはまだ押しても大丈夫なとき、申告した情報に余裕をもたせているときの長門の癖のようなものである。
「2分52秒20ならどうだ…?」
「2分53秒81」
「よし」
この辺が限界だろうと見切りをつけ、俺はポケットからストップウォッチを取り出し、カウントの準備をして長門にゴーサインを出す。
「ジョンレノン対火星人というのは作中冒頭に出てくる刑務所の野球チームの三塁コーチャーが出す『左のきんたまを2度、右のきんたまを一度握る』というサインの発する指示に由来するその三塁コーチャーが自殺してしまったためその『ジョンレノン対火星人』というサインが意味するものはわからないままだったがその辺はとりあえず置いておいて物語は基本的にポルノグラフィ作家の主人公「わたし」同棲相手のパパゲーノ友人のヘーゲルの大倫理学ホステスのテータムオニールそしてきちがいの素晴らしい日本の戦争の5人を中心に物語が進んでいく様々な死体を幻視するきのちがってしまった素晴らしい日本の戦争を治療するためにセックスさせたり試行錯誤をするが、最終的に素晴らしい日本の戦争はきちがいのふりをしていただけだったことがわかるそれでも彼はきがちがっていないだけで様々な手法で殺された惨殺死体を幻視し続けてしまうということは自体は事実だったので結局耐えられずに死んでしまうそして素晴らしい日本の戦争を治療しようとしていた「わたし」たちは街をゆく人々をみな死体として幻視することになるこの作品の何が面白いのかというと作品自体に使われているあまりにも日常的な文体で理路整然とした文章という形態であまりにも異常な情景が描かれ続けることで私たちの日常が本当に正常であると言い切れるのだろうかという猜疑心を芽生えさせるところにあるひょっとしたら私たちの日常は非日常なのではないかそもそも日常などというものが存在するのかそれはそうとこの本を読んでいたということはこの小説はまだ読み終わってない状態であるということで読み終わってない小説をなぜわたしがここまで克明にオチまで説明できるのかということは深く触れないで欲しい」
2分53秒81
ぴったりである。さすがは長門だ。長門は目を150nmほど細め、眼球表面の水分量を0.7dℓほど貯めてこちらを見た。これは俺に反応を求める時のサインだ。
俺は眉を2度2ミリほど上下させ長門をじっと見つめる。これは『なるほど、さっぱりわからん』のサインである。
長門は目により多くの水分を貯めた(およそ7décilitreほど)、どうやら先ほどの俺のサインが3μsほど動作が遅れて『おまえの話は全然わからんし熱心に話してるその姿がキモい、死ね』のサインになってしまったようだ。目から涙をボロボロとこぼす長門は俺に背を向けると窓を開けて飛び降りようとする。
「おい、なにやってるんだ長門!ここは一階だぞ!」
なんとか組みついて静止させることに成功したが長門の内包するパワーは2000万馬力はゆうに超え、瞬発的(秒数にして30μsほど)に腕から発せられる力は80億kgfにも達する。
俺は四肢から血を1700mlほど吹き出し内臓は八割ほどやられてしまった。治療費に換算すれば200万はくだるまい。(昭和40年の200万は現在の2000万)
「…情報の伝達に齟齬が発生したかもしれない」
長門はそういうと少し落ち着いた様子を取り戻し、左のきんたまを2度、右のきんたまを1度握った。
これは『ジョン・レノン対火星人』のサインだ。
「…待て、長門。おまえにはきんたまはないはずだよな?」
ー「ジョン・レノン対長門有希」完
部室のドアを開けるとそこには窓辺で本を読む長門がいるばかりであった。
「そう」
長門はわずかに頷くような仕草とともに、そう答える。このわずかな角度の変化を感知できるのは、世界広しといえど俺くらいのものだろう。ふと、長門読んでいる本が気にかかった。
「なにを読んでるんだ?」
長門はわずかに首をかしげるような仕草をする。このわずかな角度の変化を感知できるのも、やはり世界広しといえど、俺くらいのものだろう。少なくとも陸上では俺だけだという自負がある。俺が潜水できる海の深さより先の深海にいるかどうかは、確認できないので考えないこととする。
暫くして長門は俺の言ったことを理解したように、本の背をこちら側に向けて示した。長門はめちゃくちゃ頭もいいし回転も速いはずなのに、基本的に普段の挙動がスローなんだよな、などと関係ないことを考えながらもその本のタイトルに目を走らせる。
そこには『ジョン・レノン対火星人』というタイトルと、うまいんだかへたなんだかよくわからない絵が載っていた。
「高橋源一郎という人の小説…」
長門は−30dbで小さく付け加えた。
「面白いのか?」
長門は0.7mmほど顎を引いて困ったようにコンマ数ピコメートル眉をあげたかと思うと、2mmほど口を開いて「面白い」、と答えた。この仕草の示すサインはこれから小一時間怒涛のオタク語りが始まるがそれを聞きたいのか聞きたくないのか?という確認の意味を含んだジェスチャーである。
「2分37秒41ほどで簡潔に頼む」
と俺が言うと、長門は
「3分5秒61より簡潔に話すと意思疎通に齟齬が発生すると思われる」と答えた。
「2分47秒29くらいでなんとかならんか」
と俺は粘ってみる。
「高橋源一郎の他の作品を読んだことは?」
「存在すら知らん」
長門は眉根を2ミリほど寄せ、やや困ったような表情を作る。眉根が2ミリは『やれやれ、あなたの無知無教養ぶりにはうんざりする、幼稚園からやり直して欲しい』という主張を婉曲に俺に伝えようとする時に決まって長門が発するサインである。実のところ俺はかなり頻繁に長門にこれをやられる。
「間でまったく息継ぎをしなければ2分56秒57までは短縮できるがそれ以上は発話に齟齬が発生することになる」
長門の瞳が28μmほど揺らぐ、これはまだ押しても大丈夫なとき、申告した情報に余裕をもたせているときの長門の癖のようなものである。
「2分52秒20ならどうだ…?」
「2分53秒81」
「よし」
この辺が限界だろうと見切りをつけ、俺はポケットからストップウォッチを取り出し、カウントの準備をして長門にゴーサインを出す。
「ジョンレノン対火星人というのは作中冒頭に出てくる刑務所の野球チームの三塁コーチャーが出す『左のきんたまを2度、右のきんたまを一度握る』というサインの発する指示に由来するその三塁コーチャーが自殺してしまったためその『ジョンレノン対火星人』というサインが意味するものはわからないままだったがその辺はとりあえず置いておいて物語は基本的にポルノグラフィ作家の主人公「わたし」同棲相手のパパゲーノ友人のヘーゲルの大倫理学ホステスのテータムオニールそしてきちがいの素晴らしい日本の戦争の5人を中心に物語が進んでいく様々な死体を幻視するきのちがってしまった素晴らしい日本の戦争を治療するためにセックスさせたり試行錯誤をするが、最終的に素晴らしい日本の戦争はきちがいのふりをしていただけだったことがわかるそれでも彼はきがちがっていないだけで様々な手法で殺された惨殺死体を幻視し続けてしまうということは自体は事実だったので結局耐えられずに死んでしまうそして素晴らしい日本の戦争を治療しようとしていた「わたし」たちは街をゆく人々をみな死体として幻視することになるこの作品の何が面白いのかというと作品自体に使われているあまりにも日常的な文体で理路整然とした文章という形態であまりにも異常な情景が描かれ続けることで私たちの日常が本当に正常であると言い切れるのだろうかという猜疑心を芽生えさせるところにあるひょっとしたら私たちの日常は非日常なのではないかそもそも日常などというものが存在するのかそれはそうとこの本を読んでいたということはこの小説はまだ読み終わってない状態であるということで読み終わってない小説をなぜわたしがここまで克明にオチまで説明できるのかということは深く触れないで欲しい」
2分53秒81
ぴったりである。さすがは長門だ。長門は目を150nmほど細め、眼球表面の水分量を0.7dℓほど貯めてこちらを見た。これは俺に反応を求める時のサインだ。
俺は眉を2度2ミリほど上下させ長門をじっと見つめる。これは『なるほど、さっぱりわからん』のサインである。
長門は目により多くの水分を貯めた(およそ7décilitreほど)、どうやら先ほどの俺のサインが3μsほど動作が遅れて『おまえの話は全然わからんし熱心に話してるその姿がキモい、死ね』のサインになってしまったようだ。目から涙をボロボロとこぼす長門は俺に背を向けると窓を開けて飛び降りようとする。
「おい、なにやってるんだ長門!ここは一階だぞ!」
なんとか組みついて静止させることに成功したが長門の内包するパワーは2000万馬力はゆうに超え、瞬発的(秒数にして30μsほど)に腕から発せられる力は80億kgfにも達する。
俺は四肢から血を1700mlほど吹き出し内臓は八割ほどやられてしまった。治療費に換算すれば200万はくだるまい。(昭和40年の200万は現在の2000万)
「…情報の伝達に齟齬が発生したかもしれない」
長門はそういうと少し落ち着いた様子を取り戻し、左のきんたまを2度、右のきんたまを1度握った。
これは『ジョン・レノン対火星人』のサインだ。
「…待て、長門。おまえにはきんたまはないはずだよな?」
ー「ジョン・レノン対長門有希」完
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