騎士道物語の読みすぎでハルヒが自分を伝説の騎士だと錯覚してシャミセンにまたがり海を渡ってオランダを征服しに行ったのは、秋も深まった落葉の季節であった。
ハルヒが風車に勝てたかどうかはさておき、サンチョ・パンサの役回りでわざわざスペインまで連れてこられたSOS団の面々は、フランスの北からベルギーに回り込み、オランダへ向かう最中であった。歩き通しで足は棒になり、棒になった先から地面との摩擦で削れて、長門などはもう膝から下が無いような有様であったが、ヨーロッパの街並みや、日本とは異なる生活習慣は、俺たちに大きな感動を齎したのであった。
さすがともいうべきであろうが、自身を騎士と錯覚したハルヒは悪魔のような強さと、相手方の勘違いによってここまで常勝を繰り返し、行く先々で立ちはだかってきた騎士や、陸軍やフェリペ2世などをバッタバッタとなぎ倒して進んでいる。
海岸を進んで行くとハルヒは立ち並ぶ風車を巨人と勘違いして突撃して行った。
どうせコンクリートには勝てないであろうし、ハルヒは無視するとして、俺たちは海岸に打ち上げられた不思議な人物の方に気を取られていた。
腰みのに和服、小脇に釣竿といういでたちの男は、辺りをキョロキョロと見渡している。
「あれは浦島太郎」
と、腰から下がなくなってしまった長門が言うので
「あなたは浦島太郎さんですか?」
と愚直に尋ねた。
「やあ、どうもそうなんですけどね、竜宮という海底の都で遊び呆けて、そろそろ故郷も恋しくなり帰ろうと思い立って亀に送り届けられたら、どうも様子がおかしい、見たことがない風景、どうしようかと途方に暮れているところです。おや、あなたたちは私をご存知なんですか?」
「ご存知のはずなんですが、今日まで竜宮城にいた、ということは、ひょっとすると別の人なのかもしれません」
「タイムパラドックスですかね」
朝比奈さんは首を傾げた。
「浦島太郎という人物は複数人いたのかもしれませんよ」
古泉は自慢の推理力を披露する。
「玉手箱というお土産ももらってきたのですが、これも決して開けるな、と言われて持たされたのです。どうもおかしいな。中身を確認したら、何かわかるかもしれない」
俺と古泉は、この男がなんだか可哀想になってしまい、目を合わせてから古泉が言った。
「ひょっとすると、一種のドッキリのようなものが企画されているののではないでしょうか、箱を開けて、ドッキリ大成功という紙が一枚出てくる。タイやヒラメに嘲笑されて、おしまい、なんていうのはどうも嫌な気持ちになりそうですよ」
「そういうものですかねぇ、それはそうと、ずいぶん長い間、竜宮にいたような気がする、今は何年の何月何日ですかね?」
「えーと、今は2016年の…」
と朝比奈さんが律儀に答えると浦島太郎はみるみる顔にシワが刻まれ、白髪になり、腰が曲がっていった。
「なんと、それじゃあ私が亀を助けてから、数百年も時間が経っていることになる。知らなければ勘違いで済ませられたが、知ったからにはもうこの若い姿を保てなくなってしまった。ひょっとすると、玉手箱に、何か助かる方策が入っているかも」
そう言ってヨボヨボの手でなんとか玉手箱を開けると、中には「ドッキリ大成功」と書かれた紙が一枚。
ハルヒはコンクリートに負けて折れた槍を振り回して、懸命に風車と格闘していたのだった。
「才智あふるる郷士ドン・長門有希・デ・ラマンチャ 後篇」完