2016年10月29日土曜日

流れよ我が涙、と長門有希は言った

長門は情報統合思念体から派遣された対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイスであるらしい。ということは落ち着いて考えると長門は宇宙人というよりはアンドロイドと形容する方が適切であるし、情報統合思念体とやらも宇宙人というよりは宇宙に存在する知性と呼ぶべきで、人と形容するのはいささか不適切なように思う。
ところで、宇宙人はなにを食べるのか、ということが気になって、ハルヒの机の上のパソコンで検索してみたのだが、どうやらインターネット上ではレプリディアンという知性のあるトカゲが人気の様で、その爬虫人類の記事ばかりがヒットする。どうやら人の血を好むようであるが、そうなってくると人型の長門は見た目的にどちらかといえば吸血鬼になってしまうので、やはりあまりよろしくない。属性というのはたくさん持っていればそれで良い。というものではないのだ。例えば朝比奈さんのドジっ子という属性は確実に未来人という属性を殺している。未来がわかるため先見の明があり、判断力が高い、という特性と、ドジっ子の、わかっていても失敗してしまう、という属性は非常に相性が悪いのだ。属性とはちょっと違うが、ハルヒに至っては『願望実現能力』という厄介な能力を持っているが故に、主人公なのに(課長島耕作も島耕作が主人公だし、パーマンもパーマンが主人公だし、ハリーポッターと賢者の石もハリーポッターが主人公なので、涼宮ハルヒの憂鬱だって涼宮ハルヒが主人公だろう)基本的にハブられて出番がないというなんとも言えない立場になってしまっている。逆に長門はかなり複雑な属性を内包しているくせに、それを割とうまいこと消化できている。まず宇宙人という属性、これは実は長門に至っては限定的に用いられていて、長門が宇宙人として持っている特徴は高度に発達した科学力によるトンデモ宇宙人パワーに限定される。情報統合思念体という一種の科学文明は情報というものの成り立ち、捉え方のパラダイムシフトを経ている様に思う。長門たちは、現実に存在する物質(生命含む)の情報の成り立ちそのものを書き換えることによって物質のありようそのものを書き換えているのではなかろうか。これはつまり俺たちがペンで紙に干渉する、という様な感覚に近い。人間は3次元から2次元に高度に介入することができる。例えば、一本の直線に二本直線を足せばそこには三角形が生まれることになる。この時、2次元空間は今までそこになかった三角形という情報を得たことになる。つまり長門たちはこれと同じことを4ないしそれよりも高い次元から、3次元空間に対して行なっているのではないか、という推測である。ホーキング博士も高次元存在は低次元からは知覚不可能であるという様なことを言っていた様な気がするが、つまり長門たちは宇宙人というよりは高次元に存在する知性と言う方が正しいのだろう。そう考えると情報統合思念体は厳密に3次元的に宇宙に存在しているとは言いにくいわけで、やはり長門たちは、厳密に言えば既存の宇宙人というステロタイプに当てはまらないのだ。まあ少し脱線したが、長門はグレイ型宇宙人でもなければ、マーズアタックの火星人の様に脳みそが露出しているわけでもない。何より長門は対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス、つまり人間とコミュニケーションを取るために宇宙人が作った電話の子機である、という様に捉える方が正しいのだろう。というか、情報統合思念体が直接的に俺たちに干渉してこないのも、やはりあいつらが直接的に3次元空間と対話ができないから、という証明にしかならないだろう。というわけで長門の属性には、客観的に見ると宇宙人という要素はほとんど含まれていない。どちらかというとアンドロイドという方が良いだろう。さて、アンドロイドというものに付随する属性は何か、それは無知、非常識、そしてそれでありながらも高度な理解力、あるいは判断力を備えている、という三点だ。アンドロイドというものはキリスト教的な姦淫、つまり男女の生殖行為によって生まれない無垢な存在である。それをさらに長門が人間として生まれたのが3年前である、という点が補強をかけている。つまり長門の愛らしさがどこから来るのかというと、それは長門がめちゃくちゃ頭が良くて理解力がある3歳児である、という所の負うところが大きい。そりゃ誰だって3歳児は可愛いと思う。しかも長門はとても物分りが良い3歳児なのだ。3歳児ゆえに非常識なところもあるし、無知とも取れるところもある。しかし、長門はアンドロイドであるが故の高度な処理能力で、理解し学習していくのだ。そしてそれをさらに長門の持つ外見上の属性、クールが補強することになる。
長門は無口で表情に欠けるがゆえに、はたから見ればクールなキャラに見えるのだが、時折見せる子供っぽい負けず嫌いな点や、食欲などの欲求に忠実な点などの、クールな外見からは想像できない行動をとることがある。
それがギャップを生むのだ。そしてこのギャップが長門の愛らしさを表現する上で、最も重要なものだろう。更に朝倉という外付けのバランサーが付いている。長門の非常識さをフォローして余りある委員長属性。何より穏健派と急進派の対立という物語的に重要なターニングポイントを、宇宙人陣営だけで作り出せた点は、非の打ち所がない。俺はぶっちゃけ、長門と朝倉の間で談合があったのではないかと疑っているくらいである。対して朝比奈さんに対する鶴屋さんも実はかなりバランスがいいコンビなのだが、朝比奈さんは鶴屋さんに自分のメイン属性である未来人を開示できないというルール上の不備があるため、鶴屋さんは所有するスペックの数割も発揮できていないというのが実際のところだろう。未来人と財界の重鎮の娘、つまり未来を知っている人間と現代の現実的な部分に強力なコネクションを持つ現代人というこの組み合わせは、非常に現実的な意味で、強いのだ。未来人という属性に関しては、実に様々な不備がある。まず未来を変えることができない。何かの弾みで自分が消えてしまう、ということは十分起こりうることだからだ。朝比奈さんの所属する組織は、まあ大雑把に考えてタイムパトロールに近い倫理観を持っているのだと思う。いや、ハルヒという特異点が存在するとはいえ、干渉してきたということは、時にギガゾンビの様に考える柔軟性もあるのかもしれないが、ハルヒという不確定性が存在してしまっている世界で自分たちの世界へつながる規定事項を如何にしてこなすか、という事に終始している様にも見える。勿論、東中の校庭での落書き事件や、タイムマシンの発明に関してハルヒをうまく利用したりというハルヒありきの規定事項が複数あるので、その辺も結構怪しいものだが。そういえば、未来人陣営には、もう一つ大きな欠陥がある。覚えているだろうか、俺がハルヒの中学時代へ行き、校庭の落書きの手伝いをした帰りに、長門を頼ったのであるが、その時長門は、時間移動は長門という端末には不可能だが、そんなに難しいことではない、と言い切っているのだ。つまり情報統合思念体本体は、おそらく時間平面移動が可能なのである(時間的な制約を3次元的に受けない情報統合思念体は、そもそも時間平面移動をする必要がないだけという可能性すらある)。そしてさらにだめ押しとなるのがハルヒの『願望実現能力』だ。エンドレスに続いた8月のことを思い出してもらえると助かるのだが、ハルヒも効果範囲、干渉する対象は朝比奈さんと異なるが、時間移動(タイムリープ)ができるということを証明してしまったのである。ということは、落ち着いて考えてみてほしい。物語的に、大規模な時間移動は長門ないしハルヒによって可能なのであるから、朝比奈さんは目下ハルヒにバラせない状況下で必要な時に時間移動をする、という、物語的な便利屋以上の役割を果たせないのだ。これが俺の提唱する未来人-超能力者=宇宙人の下位互換仮説である。超能力者の話題が出たので、古泉にも触れておこう。超能力者、イケメン、秘密のヒーロー戦隊、奴の持っている属性は、特段アンバランスさも感じないし非常に調和がとれている様に思う。しかし、SOS団という団体の中で考えたらどうだろうか。砂漠のカマドウマの件で実感したのだが、やはり古泉は日常において長門の下位互換に甘んじている。閉鎖空間に入れるのは古泉たち超能力者だけ、という代替の効かない部分もあるが、あの、ハルヒと俺が閉鎖空間に閉じ込められた事件、一巻の最後の方だ、を思い出してほしい。朝比奈さんは閉鎖空間に対して全く干渉できなかったのだが、長門はパソコンという接点は必要だったにせよ、少なくとも閉鎖空間に干渉することはできていたのだ。チャットで送信できる情報量はそれこそ一文字2バイトであるが、こちらから発信される情報を待機している時間やその他諸々を考えれば、それなりの通信量を確保できていた様に思う。つまり、干渉できる時間の問題さえ解決できれば、あの空間に長門有希そのものを送り込むことすら可能だったのではなかろうか。というより、古泉が単独では入り込めなかった時空間に対して、閉じるまでは普通に通信できる、とさえ言っていたのだ。超能力者の面目丸つぶれである。という訳で、長門が最強、と言うことで皆異論はないな…?
俺がそう言うと、ハルヒは何のことだかさっぱりわからないという顔をし、長門は力強く頷き、朝比奈さんは涙目で俺を見つめ、古泉は肩をすくめて小さく笑うのだった。
しかし結論に納得がいかなかった宇宙最強の怪獣ゼットンは一兆度の火球を吐き出して、宇宙そのものを消し去ってしまったのだった。これにはハルヒも、大変驚いたようだった。

「流れよ我が涙、と長門有希は言った」完

2016年10月25日火曜日

百億の昼と千億の長門有希

カニというのは、どちらかというとクモに近い生き物らしい。そしてカニより人間に近い生き物とは何か、と言われたら、なんであるか。そう、それはホヤである。ホヤの幼生が繁殖の範囲を広げるために魚のような形質を取ったところから、俺たちの祖先である魚が生まれそれが脊椎動物の始まりである、というのは割と有力な説のようである。俺たち人間の祖先として有名なのは猿であるが、つまり、ホヤにタイプライターを打たせても、いずれはシェイクスピアのハムレットと全く同じ文章ができるのではないだろうかという理解でおおよそ間違っていないだろう。俺はこれを『無限のホヤの定理』と名付けようと思う。
ところでハルヒがショッカーの海底地震作戦を推進する怪人カニバブラーになって随分経つが、あいつは今日も変わることなくパソコンで不思議なことはないかと2チャンネルを徘徊している。
「カニが食べたい」と長門が言ったので、今日はSOS団の部室でカニ鍋をやることになった。カニ以外の具材は各人の持ち込みで俺は無難に白菜と豚肉、古泉は機関の金で高級松坂牛と松茸を、朝比奈さんは食料難の未来ではなかなか食品が入手できなかったらしく、砂のような味がする大きなヒトデを、そして長門はレトルトカレーと知性のあるトカゲを用意した。鍋奉行を請け負った朝比奈さんは知性のあるトカゲの鱗を綺麗に剥がしてゆき、首筋に包丁を入れて血抜きを始めるのだった。俺たちはコタツと鍋用のコンロなどを用意して、着々と準備を進めた。朝比奈さんの鍋奉行を実に的確であったが、奉行ゆえに来年の参勤交代では江戸へ出向かなければならないらしく、皆はやがて訪れるであろう短い別れの時を想像して、少し寂しい気持ちになったのだった。
バルタン星人は「さよならだけが人生ならば」で始まる詩を諳んじて、俺たちを元気付けているようだった。俺たちは思い思い、SOS団の思い出を話していくのだった。
俺たちの思い出話を聴きながらバルタン星人は頷いているばかりだった。
「人生とは別れの連続なのだ、悲しいこともあるし、寂しいこともある、しかし人間は、また出会うことができる、そして、また新しい出会いが進むべき道の先にはまっているのだ」
遠い昔に故郷と同胞を失ってしまったバルタン星人は胸の中に抱える大きな孤独と向き合って、そう言うのだった。

さよならだけが人生ならば         
また来る春は何だろう 
はるかなはるかな地の果てに 
咲いている野の百合何だろう
さよならだけが人生ならば
めぐりあう日は何だろう
やさしいやさしい夕焼と
ふたりの愛は何だろう
さよならだけが人生ならば
建てたわが家は何だろう
さみしいさみしい平原に
ともす灯りは何だろう
さよならだけが人生ならば
人生なんていりません
-寺山修司『さよならだけが人生ならば』

-「百億の昼と千億の長門有希」完

長門有希の憂鬱

サンタクロースをいつまで信じていたかと言うと断じて信じていなかった。
そして後ろの席には涼宮ハルヒがいた。
涼宮は自己紹介で「宇宙人、未来人、超能力者、異世界人がいたら私のところに来なさい」と「以上」と言った。
そして俺は涼宮に部活を作ると聞かされて、文芸部室に連れていかれた。
そこには銀色の宇宙服に包まれた、まるで2001年宇宙の旅のワンシーンのような格好をした長門有希という少女がいた。少女は「長門有希」と自己紹介すると「$÷°¥7々5÷°☆→々>…〜€」と言ったが、俺にはさっぱりわからなかった。
ハルヒは部活の名前を「SOS団」にすると言ったのだった。
活動目的は宇宙人、未来人、超能力者、異世界人を探し出し、仲良く遊ぶことだという。
翌日ハルヒは朝比奈みくるというスカートのポケットをはみ出させ、自動乾燥装置付きのジャケットを羽織り、見たことのないモデルのナイキのシューズを履いた朝比奈みくるという女性を連れて来た。こんな部活に入らなくても良い、という旨伝えると、彼女は「こうなることはわかってましたから」と言い「それに長門さんもいますし」と言った。
ビラを配りに行くと、ハルヒがバニーガールの格好で言って、朝比奈さんもバニーガールの格好をさせられた。涼宮たちが校門でビラ配りをしている様子を窓から眺めていると、ドアからもう1人朝比奈さんが入ってきた。
「すいません、バニーの耳を忘れてしまったので、五分前の過去に戻って取りに来ました」と聞いてもいないのに説明すると「あ、これは禁則事項だった」と舌を出して自分のうっかりをごまかすようなそぶりを見せた。「タイムパラドックスが起きちゃうので、もういきますね」と言うと、朝比奈さんは廊下に停めてあったデロリアンという自動車に乗り込み、時速88マイルまで加速して炎の轍を残してきえてしまったのだった。
しばらくすると転校生がやって来た。無論涼宮はその転校生を捕まえて、部室に連れて来た。転校生は「んっふ」と笑うと、ポケットからハトを出し、スプーンを五本一度に曲げて見せ、トリックもないのにハルヒを浮かせて見せたのだった。「サイコキネシスというやつですよ」と奴は言った。
長門はよく本を読んでいるので、なんとなく気になって本を覗き込んでみると、その本は見たこともないような物質でできた代物で、書いてある文字は全く俺には理解できないものだった。
「その本、面白いのか?」
と聞くと、面白いと答えた。随分本を読んでいるようなのでオススメを聞いたら、表紙のカバーに『パニクるな』と大きく書かれた銀河ヒッチハイク・ガイドという本を借りることになった。
「ところでなんでいつも宇宙服を着てるんだ?」と聞くと
「地球の大気構成は我々の母星のそれと大きく異なるため、この宇宙服を脱ぐことができない」
と答えた。長門は俺に向かって人差し指を突き出したので、なんとなくその人差し指に自分の指を向けると、そこに青い光がほとばしり、俺は宇宙の記憶を見ることになった。
それからいく日か経ったが、ふと随分と長いこと、長門から借りた本を読んでいなかったことに気づいたので、寝しなに読んでみるか、と思い立ち銀河ヒッチハイク・ガイドの表紙をめくった。中身はちょっとした電子計算機のような装いで、随分操作に手間取ったのだが、どうにか俺は、宇宙のヒッチハイカーにとってタオルを持っていることがとても重要であること、そして地球が『ほとんど無害』であることを学んだのだった。寝転がりながら銀河ヒッチハイク・ガイドを読んでいると一枚の栞が俺の顔の上に落ちてきた。
『午後8時に光陽園駅前公園にて待つ』と書かれたそれを見て、俺は急いで自転車を駆って、公園へ向かうのだった。
俺が息を切らせて公園へたどり着くと、そこにはこの辺りの空一帯を覆い尽くすような空飛ぶ円盤が浮かんでおり、その真下のベンチに長門が座って待っていた。
「ひょっとして、毎日待ってたとか」
俺が尋ねると長門は肯定した。
どうやら最近新聞やテレビのニュースを空飛ぶ円盤の話題が埋め尽くし、先週の日曜に特番で潰れたアニメ番組を見ることのできなかった妹が「プリキュアがやってない」と俺に八つ当たりのボディプレスを仕掛けてきたのも長門が原因のようだった。
長門は自分のUFOに俺を招き入れると、俺を拘束して手術台に乗せ、脳に特殊な金属性のチップを埋め込むことで自分が『情報統合思念体』と呼ばれる宇宙に存在する知性の、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイスであること、そしてハルヒが願望実現能力というとんでもない力を持っているということを知ったのだった。長門は最後に念押しするかのように「信じて」と言ったのだが、長門が宇宙人であることは、チップを埋め込まれる前から分かりきったことであった。
ハルヒが不思議探索に行くというので、俺たちは駅前に集まることとなった。うっかり遅刻した俺は、ハルヒの「遅れたら死刑だからね!」と言う言葉通りに最高裁判所で死罪を言い渡され、東京拘置所に連行されるところだったのだが、ハルヒが「ファミレスで奢れば許す」と言ったので無罪放免となった。俺たちはくじ引きでチーム分けをし、ハルヒと長門、俺と朝比奈さんというチーム分けが決まった。ハルヒの「マジデートじゃないのよ、遊んでたら殺すからね」の言葉と同時に俺は死んでしまい、ハルヒが「あっ、やっちゃったわ!」と言うと俺は生き返ったのだった。
朝比奈さんはホバーボードという、原理はわからないが空に浮くスケートボードのようなもので俺の横をふわふわと移動していたのだが、話があるというのでベンチに座って朝比奈さんの話を聞くことになった。
朝比奈さんは
「信じてもらえないかもしれませんが、私はこの時代の人間じゃありません。もっと未来から来ました」
と言ったので
「なんとなくそんな気はしてました」
と答えると、
「えっ…!?」
と随分驚いた様子を見せた。
その後、現代の世界が未来と比べてどれほど遅れているのか、という話と、時間というものはアナログな概念ではなくパラパラ漫画のようなものである、というような話を聞き、3年前にハルヒが起こした時空震により三年前より過去に行けず、原因であるハルヒを監視しにやって来たのであるという。ついでに朝比奈さんは、原因はわからないがここ数ヶ月の間に。未来ではタイムパラドックスで消えてしまった人がかなりの数に登り、その原因も涼宮さんなのではないか、というようなことを言っていたが、朝比奈さんが部室前の廊下でデロリアンを加速させる際に、コンピ研の部員を5、6人轢いているのを見ていたので、それの原因は朝比奈さんの不注意なのではないか、と俺は疑いの目を向けてしまうのだった。

ある日俺の下駄箱に、ラブレターらしきものが入っているのを見つけ、読んでみると放課後1年5組の教室で待つ、と書かれていた。おれは色々あって遅刻してしまい、ハルヒの『遅刻したら死刑』の言葉通り、教室で待っていた朝倉が「遅いよ」と一言言った瞬間に死んでしまった。
しばらくして俺は、朝倉と遅れてやって来た長門に蘇生されたが、朝倉も宇宙人であるということ、朝倉の所属する急進派の宇宙人は俺を殺してハルヒの変化を観察する予定だったが、そんなに頻繁に死んでるようじゃ殺しても意味がないので計画を練り直してくる、という旨を俺に伝えた。俺は自転車のカゴに朝倉を乗せると、満月の夜空を自在に飛んだ。朝倉の指し示す方角の森の中に降り、そこに迎えに来ていたUFOで朝倉は去っていったのだった。
なんとなく長門に眼鏡はない方がいい、という話をしたら、長門は眼鏡を外した、宇宙服の分厚いバイザーの下の長門の顔は、よく見えなかった。
翌日朝倉はM-78星雲に転校したことになっており、急に転校するなんて不思議だ、とハルヒが騒ぎ出し、俺たちは放課後に朝倉の転校について調査をすることになった。もっと他にいくらでも不思議なことはあるだろうに。
部室に行くとそこには大人の朝比奈さんが居て、『マトリックス・リローデッド』というキーワードを俺に伝えて来たので、「朝比奈さん、今、歳いくつ?」と聞いたのだった。
転校した朝倉のことを調べた帰り道ハルヒが野球の話をしていたが、俺は野球がわからないので「俺、もう帰っていいか?」と聞くとなんか怒ってハルヒは帰ってしまったので、俺も帰った。
自宅に戻ると、門の前で古泉が俺を待っていた。タクシーで拉致され、人間原理だとか、世界五分前仮説だとか、小難しい話を聞かされた上に、手を繋いで閉鎖空間と呼ばれる場所に連れていかれ、自分は超能力者である。という旨を伝えられた。
「なんとなくそうなんじゃないかと思ってたぞ」
と答えると古泉は随分驚いた様子で、
「あなたもエスパーなんですか!?」
と言ったのだがその後読心術を用いて俺の心を読み、平静を取り戻したようだった。
閉鎖空間というのは涼宮がイライラすると神人という巨人を作り出し、暴れさせてストレス発散を行う、という歪んだ破壊衝動が顕現したような空間であるらしい。
古泉は自分の所属する機関の仲間であるというしわしわの老人のような子供達と一緒に薬品のカプセルのようなものを飲み込み、サイコキネシスによって神人を次々と押しつぶしていくのだった。

どう見ても宇宙人に作られた人造人間、どう見ても時をかける少女、どう見ても少年エスパー戦隊。三者三様の理由で、3人は涼宮ハルヒを中心に活動しているようだか、なぜ、俺にそんなことをわざわざ告げたのだろうか。
俺は谷口に相談したりなんかしてたら放課後になったので、部室に行った。メイド服の朝比奈さんがデロリアンで部室に突っ込んできて、フロントガラスを突き破り、俺に覆いかぶさったところをハルヒに見られてしまい、その日俺はなぜか6回ほど死ぬことになった。
三途の川を渡った先で俺はなぜか暗い部室にいた。
ハルヒもいた。
どうやらここは閉鎖空間で、神人を見つけたハルヒは喜び勇んで校庭に飛び出した。
その間に俺は古泉が機械と肉が混合した塊と化すところを見て、部室のパソコンで長門に『マトリックス・リローデッド』と伝えられた。確かマトリックス・リローデッドのオチはこんな感じだったな、と思い、俺は神人を見て大興奮のハルヒの胸に飛び込んで中に入り込むとハルヒを内側から破壊したのだった。
結論から言うと、どうやら俺は無印とリローデッドを勘違いしていたらしい。

翌日学校に行くと、朝比奈さんに泣かれたり、古泉に労われたり、長門に感謝したりと色々大変だった。しかし、今日も空を覆う宇宙船にアメリカ合衆国が核を使った攻撃を繰り返し、朝比奈さんがうっかり起こしたタイムパラドックスで地球の人口が3分の1に減り、神人が通学路沿いのビルをパンチで破壊している。古泉は巨大な肉の塊となってビームを射出する衛星兵器と戦い、朝比奈さんは未来のスポーツ年鑑で荒稼ぎして『朝比奈みくるの娯楽天国』なる悪趣味な建物を建設し、長門はいつも通り牛をキャトルミューティレーションしている。こうして俺たちの日常は、何も変わることなく続いて行くのだった。

「長門有希の憂鬱」完

2016年10月24日月曜日

世界の終りとハードボイルド・長門有希

ONE GROUP OF GURDIANS HAVE BEEN DEFEATED, BUT THERE ARE MANY MORE.
TURN BACK WHILE YOU CAN, FOOLS!
-Sir-Tech「Wizardry1」

俺たちの住む街に宇宙船が落ちてきて、地球の7分の6が消し炭の変わった時、俺はなにを思っていたのかというと、これで明日のテストの心配をしなくて良くなった、などと不謹慎なことを考えていた訳である。長門にあれはお前の仲間かなにかなのか?と尋ねると、長門の返答は一向に要領を得ないものだったので、俺はずいぶん当惑してしまった。宇宙船から降りてきた涼宮ハルヒという宇宙人は、地球人類の全面降伏を要求したので、古泉は「これは大変なことになった」と言って窓から飛び出し校庭の赤い染みになり、朝比奈さんは「確認に行ってきます」と言ってドアを開けると突然やってきた10トントラックに跳ねられて8つの部分に分かれた朝比奈さんになった。
ハルヒが立ち上がって「これは事件だ」と言ったので、俺は多分これは事件なのだろうと思った。
バルタン星人が「いや、これは言うなればよくあることだよ」と言うと、ハルヒはことの事件性に興味を失い、また別の思考の窪みへ落ち込んでいった。俺は朝比奈さんとオセロを始めたのだが、先攻の朝比奈さんは長考をするばかりで一向にオセロの駒を盤面に置くことはなかった。たっぷりと4時間は続いた長考に、俺はとうとう朝比奈さんとオセロをすることを諦め、帰り支度を始めた。
バルタン星人は窓際で地平線の彼方に今まさに落ちようとする真っ赤な夕日を眺めて、明日太陽がいつも通り再び夕日となって落ちるために登ってくるであろうことに思いを馳せていた。

「世界の終りとハードボイルド・長門有希」完


2016年10月23日日曜日

老いたる霊長類の星への長門有希

ティベット文字  7世紀ごろ、*ソンツェン=ガンポが仏典翻訳のため、インド文字を元に作ったと言われる表音文字。
-数研出版「世界史辞典」

ルイ14世が1661年に親政を始め、コルベールを登用して中央集権、富国強兵をはかっていた頃、俺たちはいつも通りSOS団として文芸部室に集まり、別段変わりのない毎日を送っていたのだった。
それはそうと、ルイ14世がヴェルサイユ宮殿を完成させ文芸を保護した、フランスの王制における黄金時代ともいうべきこの時代は、まさしく長門にとって過ごしやすい時代だったと言えるだろう。
窓際で本を読む長門を横目に、俺と古泉はいつものように、暇つぶしのオセロに興じるのだった。ちなみにオセロが発明されたのは1973年の日本である。意外と遅いな。

古泉が1索単騎待ちのオープンリーチをかけ、点棒をオセロ盤の上に叩きつけると、右半身だけ5分前の過去に、左半身だけ5分後の未来に時間平面移動しながら朝比奈さんがお茶を持って来てくれたので、俺は礼を言ってお茶に口をつけると、落ち着いてこの盤面を眺めながら古泉のオープンリーチの意図するところを考えた。次の一手は間違いなく『と金』による王手飛車取りだろう。俺は手札からハートのエースを残して全ての手札の交換を宣言した。狙うは21、ブラックジャックである。
ところでオセロにおける簡単な戦術をご存知だろうか。それは前半戦に自分の利をとりあえず捨て置いて、如何に相手が置きたいところに駒を置けなくするか、という、地味な嫌がらせを続けるのである。古泉がポーンを前進させたので、俺もそれに対応してルーレットを回し、出目の分自分の駒を前進させる。どうやら俺の職業はタレントになったようだ。銀行から3000ドル受け取って、青森のリンゴ農家に投資して俺の番は終了した。古泉のターンとなりアンタップ、アップキープー、ドローを済ませると、場に『真鍮の都』をセットした、赤単の古泉が多色地形を使うのは珍しい、と訝しんでいると、古泉は真鍮の都から生み出された青マナによって『テレパシー』を唱えたのだった。これにより俺の手札は古泉に公開されることになる、俺は古泉のテレパシーにスタックを乗せて、浸透強襲ドクトリンと、戦略爆撃機の研究開発を始め、軍需大臣を『ヒャルマー・シャハト』に置き換えると、マハトマ・ガンジーに対して『貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ。(開戦)』を選択し、宣戦を布告した。俺のスタックの処理が終わり、古泉の『テレパシー』が解決されると、『テレパシー』の効果によって俺の手札が公開された、鉄4枚、麦1枚、羊2枚という手札を古泉はじっくりと眺めると、『独占』のチャンスカードを使用し、鉄の独占を宣言したので、手札が割れている俺は、古泉に鉄を4枚差し出し、長門も渋々鉄を3枚差し出した。俺はシーフによる罠の探知を行いたいと、ゲームマスターの長門に尋ねると、2+2D6で15以上で成功と言われたので、これはどうやら探知不能な罠が設置されているということを察し、『マラーの冠』を使用して『魔術師ワードナ』の居城であるダンジョンの10階へ続く、9階のシュートの座標へテレポートしたのだった。
『わかっておろうが、お前らは主なる魔術士ワードナの領地を侵しておる。
お前らがオレの守りを破ることはできなかろう。
ましてや、オレと戦って、勝とうなどとは夢にも思わんことだ!
そこで、あわれなお前らにこんな手がかりを教えて進ぜよう。
コントラ-デクストラ-アベニュー』
のメッセージを横目に、ダンジョンを進んでいく、この階層の非常に複雑そうに見える滑る床は、実は方向キーをずっと上に入力しているだけで通過可能だ。日光に1時間晒した地図を片手に、俺たちはついに魔王『長門有希』の玉座の前へやってきたのだった。
古泉が『バブルマン』を倒した時に入手した特殊武器『バブルリード』を至近距離でセレクトボタンを連打しながら長門に打ち込むと、長門はバラバラになった。
その時長門が、
「私は魔王の中でも最弱、人間ごときに負けるとは、魔王の面汚しよ」
と言ったので、俺たちは『デスピサロ』の最愛の人であった『ロザリー』の殺害の裏にある陰謀を突き止め、無事、『ヤス』が犯人であることを証明したのだった。

「老いたる霊長類の星への長門有希」完

不確定世界の長門有希

純粋とはこういうものです。人はとにかく感傷的に、情的な面ばかりでそれを考えたがりますが。
–岡本太郎「日本の伝統」

なんてことはない、暖かな陽気の昼下がり、春の訪れを肌に感じずにはいられないような、そんな入学式の当日に、一隻の宇宙船が俺たちの住む街に降りてきて、長門有希という宇宙人が朝倉涼子という宇宙人を連れ立って降りてきた。
その時、俺はどうしていたかというと新しいクラスでなんとなく自己紹介を終え、席に着いたばかりだった。空を覆う巨大な宇宙船は学校の校庭に降りたので、もう、クラスは自己紹介だとか、そんな雰囲気ではなかった。後ろの席の女が、動揺するクラスメイトを無視するように大きな声で自己紹介をしていたが、そんなものは俺の耳には入らなかった。少なくとも、このような非現実的な出来事に、たとえ野次馬Aだとしても居合わせるなんてことは生涯ないものだと思っていたが、どうやら世の中というのは意地悪にできていて、あきらめた後にこういうサプライズを催すのが好きなようである。
宇宙船から降りてきた宇宙人は、寡黙でなにも話すことはなかったが、横にいた青い髪の世話焼きな委員長タイプの宇宙人に随分とフォローされてなんとか人類とコミュニケーションを取ったようである。
「野球をするからグランドを貸して欲しい」
それが我々人類と宇宙人の、第1種接近遭遇において発せられた最初の言葉だった。

俺は野球なんか見ててもしょうがあるまいと思って、教室から誰にも見られないように、退散した。何より、ここでずっと宇宙人の野球を眺めていたって、なんになるというのだ。渡り廊下を渡って校舎裏へ出ると、俺はなにやら不思議なものに遭遇した。校舎裏の壁に、銀色の車が衝突して火を吹いていたのだ。
座席で倒れている女性に目が止まり、俺は自分がどう行動すべきかを思案したが、僅かばかりに残っていた良心が、その女を助ける、という選択を取るまでに、そう時間はかからなかった。なぜならその女性が天使のように可愛かったからであるなんていうのは口が裂けても公言できないがね。ドアをこじ開けて、内を確認する。どうやら車内で火は起こっていないようである。ふと俺は計器類にくくりつけられたデジタルの表示器に表示されている4851 08 24と言う数字とそれに並んで表示されている2003 04 10と表示されている数字に目が止まったが、いまはそれどころではあるまい。
肩を抱いて女性をゆり起こすと、女性は
「すいません、今は何年の何月何日でしょうか…?」
と訪ねてきた。事故に遭って混乱しているのだろう、と思ったが俺も相当混乱していたので先ほど見た正直をまた確認して
「4851年の8月24日です」
と答えると
ひょえーとでも形容すれば良いのであろうか、そのような悲鳴をあげて
「そんなはずは…今日は2003年の4月10日のはずじゃ…!」
と焦って自分の時計を確認していた。
「ちゃんと4月10日じゃないですか…!あ、しまった…」
俺がなにがしまったのかと疑問に思っていると背後に轟音が響き渡った。俺は訳もわからず地面に投げ出され、吹き飛んでくるコンクリートの破片が目に入って悶絶していた。
しばらくして目を擦りながら確認するとそこにはなにもなかった、いや、間違いなく校舎がそこにあったはずなのに、いまはその奥にあったはずの宇宙船が見えていたのだ。
「遅かった…どうしよう…わたしのせいだ…」
と俺の横で涙目になっている女性に気を取られていたが、しばらくして二つの足音が近づいてくることに気づいた。
「あっ、長門さん…!」
涙目の女性の目線の先を追うとそこには先ほど宇宙船から降りてきた2人の宇宙人がいた。
どう見ても人間の女子高生にしか見えない長門と呼ばれた宇宙人が、
「うっかりホームランで校舎を消し飛ばしてしまった」
と言った。はてなんのことであろうか、と俺は思ったが、いまはそれどころではあるまい、と思い、
「そんなことはいいから、この人を早く保健室に」
と怒鳴ってしまった。
青い髪の女は呆れたような顔で俺を見ると、
「保健室はもう無いわ、保険の先生もいないわよ、みんなホームランボールと一緒に蒸発しちゃったもの」
と言い放ったのだった。

人は見かけによらぬもの、とはよく言うが、案外話して見ると、宇宙人というのも意外と気さくないいやつだ、ということがわかってきた。何より奴らの見かけはどう見ても女子高生だったので、見かけによらぬ、というよりも、見かけ通りと言ったほうが正しいのかもしれない。つまりあれからどういうことになったかというと、俺たちは近くの喫茶店にやってきていたのだった。
ボブカットをさらに短くしたような髪をした肌の白い方の宇宙人、これは長門有希、という名前らしいが、喫茶店で供される様々なスイーツのメニューを30分はじっくり吟味し、注文したイチゴパフェを無表情ながらも熱心に食べている。
「ごめんなさいね」
と、髪の長い世話焼きな委員長気質の宇宙人、こいつは朝倉涼子と言うらしいが、黙々と食べることに集中して黙ったままの長門有希の代わりに謝った。
「何しろ私たちはまだ人間の年数で言えば3歳くらいだから」
どうやら宇宙人というのは随分早熟らしい。俺が3歳の頃といえば、三輪車をひっくり返して泥除けに砂利を落としペダルを手でくるくる回していた頃であるから、これは相当な差があると考えていいだろう。
コーヒーを口に運びながら俺はそんなことを考えていた。
横にいた自動車事故の女性が、この人は朝比奈みくると言う可愛らしい名前だそうだが、なんだか怒ったような様子で
「なんでこんなに和やかな感じなんですか!学校が一つ消し飛んじゃったんですよ!」
と大きな声で言った。
「あれは宇宙規模で言えば小さな損失にすぎないわよ」
と朝倉涼子は言った。
「地球型惑星なんて、それこそ数年に一度のペースでヴォゴン人に破壊されてるし、それにこの宇宙だっていずれトラファルマドール星人が滅ぼしてしまうんだから、この程度なら誤差の範囲よ」
なんだかすごい話を聞いた気がするがどうにも規模が大きすぎてついていけないので、俺は黙々とパフェを食べている長門有希という宇宙人の方に目を向けた。
見られていることに気づいたのか、長門有希は俺の方をに目をあげると右手の人差し指を俺の方に差し出してきた。
「あなたにはわかって欲しい」
俺はなんとなくE.T.のワンシーンを思い出して、長門有希の人差し指に俺の人差し指を向けて見ると、それはどうやら一瞬のことだったが、宇宙人の価値観というものが理解できた。つまり死というものは『そういうものなのだ』。
「でもあそこには涼宮さんが居たんですよ!?」
出し抜けに朝比奈さんの大きな声が響いたので、俺はビックリしてしまった。
涼宮といえば、宇宙人襲来に混乱する教室で、でかい声で自己紹介をして居た、俺の席の後ろに座って居た女も涼宮という名前を名乗っていた気がする。
「地球人は未だに三年前の時空震のことを気にしてたの?宇宙じゃそんなの日常茶飯事じゃない」
長門有希が口を挟む
「数年前にもインキュベーターがうっかりミスで地球を滅ぼすところだった」
朝比奈さんはオロオロしながらもどこか納得できないようで、
「でも、でも…」
と反論の糸口を探ろうとしていた。
「それに地球を管理してるドグラ星の王子にも許可をもらってるわよ」
俺は地球が宇宙人に管理されている、と言うことと、宇宙人の社会にも王政がある、と言うことを知り愕然とした。
どうやら喧々諤々の議論が続きそうなので、またも長門有希の方に目を移すと、彼女はパフェを食べ終えてメニューをじっくりと眺めている最中だった。
長門有希の目線が、一つの写真に注がれていることに気づくと、俺は、
「カレー、食べたいのか?」
と、そう、宇宙人に問いかけたのだった。

ところで、この話には素晴らしいオチがあったはずなのだが、どういうわけか忘れてしまった。

「不確定世界の長門有希」完

2016年10月22日土曜日

長門有希からのホットライン



ミネルヴァと地球が最も接近した時だって 、一億五千万ないし一億六千万マイルは離れているんだよ 。ビームがその距離を越えて目標に達するのに約十三分 、さらに命中の報が月面に届くのに十三分 。つまり 、ミネルヴァが最も地球に近い位置にあったとしても 、少なくとも報告までには二十六分の時間がかかるはずなんだ 。
–ジェイムス・P・ホーガン「星を継ぐもの」

長門が分厚い電話帳を読むのをやめて、窓際で週刊少年サンデーを1ページずつむしゃむしゃと食べている姿を見ると、もう秋も深まってきたんだな、とすこし感傷的な気分になる。外の景色は、すっかり秋色に染まっていた。
古泉は超能力でオセロの駒をふわふわと浮遊させたり、100円玉を500円玉に変えたりして見せて日本のインフレの加速を助長したりしている。
朝比奈さんはお茶を入れながらも、2分先の未来に行ったと思ったら、5分前の過去に戻ってきたりして、消えたり、時折2人に増えたり、同一時刻の同一座標上に時間移動してきてしまって重なり合った物質の時間的な衝突によって現在の物理学理論では起こりえないような異常な熱力学的反応を引き起こして大爆発したりしていた。
ハルヒはいつもの調子で、
「どうして不思議なことってなかなか見つからないのかしら」
と呟いた。
「朝比奈さんが昔言っていたが船が水に浮かぶとか、そういうのは不思議じゃないのか?」
と俺が言うと、
「別に、船は水に浮かぶものじゃない」
と、不機嫌そうに顔をしかめた。それを聞いた俺は、そうか、船は水に浮くんだ、なんでそんな当たり前のことに、今まで気づかなかったんだろう、と思ったりしていた訳である。古泉は超能力が使えるタイプの人なんだと考えれば、別に何も不思議じゃないし、長門が電話帳や週刊少年サンデーを食べるのも、紙はもともと植物だということを考えれば、ちょっと形の変わったサラダを食べているようなものだし、読み終わった教科書を食べるなんていう暗記法が流行った時代もあったのだから、やはり本は読み物というより食べ物なのだろう。朝比奈さんが時間旅行をすることができるのも、例えば、数千年経てば、人類はタイムマシンを発明するだろうし、テレビが携帯電話で見れるくらいに小さくなったことを考えれば、タイムマシンだって目に見えないくらい小さくなることもあり得るだろう。何も不思議じゃない。
そんな考え事をしていると、長門が少年サンデーを食べ終えたのか、俺たちのところにやってきて、
「これを見てほしい」
と言って、手に持ったボールペンを手のひらから落とすと、そのボールペンはカシャンと音を立てて床にぶつかり、コロコロとすこし転がって、そして止まった。
「なにこれ!?すごい不思議じゃない!?」
とハルヒは大変驚いたのだった。

「長門有希からのホットライン」完