「私はここにいる」とハルヒが学校の校庭にメッセージを発して、何事もなく三年が過ぎ、奴は何も変わることもなく高校に入学したかのように思われるかもしれないが、少なくとも、機関、未来人、情報統合思念体はその存在に気づいたわけである。無論、他の存在が寄ってきていたとしてもおかしくない、むしろ大量の超能力者、未来人、宇宙人のトーナメント式のデスマッチの末に厳選されたのがあの三勢力と考えた方が、幾分も自然だ。異世界人なんかは、ひょっとしたらそのトーナメント中に不慮の事故で全滅してしまったのかもしれない。未だに異世界人が出てきていないのにも納得のものがある。ドラえもんやマーティーとしのぎを削る朝比奈さんや、エイリアンやプレデターと格闘する長門、肉の塊と化した鉄雄やギガロマニアックスをかいくぐり、超電磁砲をバットで打ち返すなどの八面六臂の大活躍をする古泉など、実際見てみたいものである。と言うよりも、俺やハルヒが気づいてないだけで、裏では有象無象の宇宙人や未来人や超能力者が、長門たちによってバッタバッタとなぎ倒されているのかもしれない。実際佐々木を取り巻く奴らはそう言う性質の奴らだったし、そう言う奴らが俺の知らないところにいるとしても、何ら不思議はないわけだ。
そんなことを考えてながら、一人部室でぼんやりしていると、赤紫色の液体にまみれた長門が部室にやってきた。どうしたんだ、長門。
「蒲田で巨大恐竜と格闘してきた」
そうか、タオル、確か朝比奈さんのロッカーにあったから、これ使って拭いておけよ。
「恩にきる」
長門が恩にきるとは、やはり長門も人間的な感情を手に入れてきた、と言うことなのだろうか。長門の髪の毛をワシャワシャと拭いてやっていると、窓ガラスを突き破ってボロボロの古泉が部室に飛び込んできた。
「いやぁすいません、まさか10倍界王拳まで使えたとは、予想外でした。もう一度行ってきます。」
そう言うと古泉は俺の返事も待たず、窓から飛び出して行ってしまった。せめて窓ガラスを片付けてから行け!
まったく、とブツブツ言いながら、ほうきを取り出して飛び散ったガラスをまとめていると、今度は複数の朝比奈さんがぞろぞろと部室にやってきた。
「実は明日の宿題が終わりそうにないので、数時間おきの未来の私に協力してもらうんです」
と言っていたが、よく考えたら明日の朝比奈さんを連れて来れば問題の答えはわかるのではなかろうか、と言う話は野暮なので言わなかった。そもそもこんな行動に出ている時点で、明日宿題が終わっていると言う保証はない訳だしな。
「あーあ、つまんない、どこかに不思議が落っこちてないかしら」
珍しくハルヒが普通にドアを開けてやってきた。ハルヒが部室に登場するたびにタックルで粉砕するドアの修理費を真面目に計算した結果、ハルヒが一切ドアを粉砕していなければサターンロケットの開発費を賄えたという長門が出した試算を見て、少しは反省したようである。
「ねえキョン、どっかに不思議、落ちてないかしら」
そんなことを言われても、長門が未確認生命体の返り血を浴びて部室にやってくることもしょっちゅうだし、古泉がサイヤ人と格闘しているなんてのも、ありふれた当たり前の風景であるし、朝比奈さんが軽率に異時間同位体を連れてきて増えるのも、ハルヒには朝比奈さんは実は42つ子の大家族である、と言う説明でごまかしてしまったので、不思議でもなんでもない。
俺は困ったように長門を見ると、長門は長門で現在エイリアンとの取っ組み合いの大激闘を繰り広げているので、助けを求めようもない。長門、エイリアンの腕を引きちぎるのは外でやりなさい、返り血がこっちにも飛んでくるから。
「はー、結局、世の中には不思議なんてものは一個もないのよね、もうSOS団やめちゃおっかな…」
ハルヒがそう言うと、団員3名が異様な焦りを見せ、長門は即座にエイリアンをかけらも残らないほどズタズタに引き裂いて始末し、窓際の椅子に座ってゲームボーイを始めた。
「あ!有希がゲームボーイしてる!不思議だわ!」
古泉は5億倍界王拳からのデコピンでサイヤ人を弾き飛ばし、部室に戻るとオセロの盤をひたいに乗せながら、逆立ちをしてスクワットを始めた。
「え?古泉くん!?それ物理的にどうなってるの!?不思議だわ!!!!」
朝比奈さんは異時間同位体を全員未来に帰すと、ガチャピンの着ぐるみを着てスキーを始めた。
「え!?ガチャピン!?キョン!ガチャピンがいるわ!!!!!!不思議!!!!!!」
そんなハルヒを見て、俺はつくづく思った。
「ハルヒ、俺はやっぱり、SOS団をやっててよかったと思うよ。もう、SOS団を辞めるなんて言わないでくれよ、お前あってのSOS団なんだからな」
よし、かっこよく決まったじゃないか、このかっこよさにはハルヒも、朝比奈さんも一発でノックアウトされるに違いない。
「え?キョンが変なこと言ってる!!!不思議だわ!!!!」
やれやれだ。
「グッドナイト・スイート長門有希」完
2017年5月10日水曜日
2017年5月9日火曜日
わが赴くは長門有希の群
ある朝、グレゴール・ザムザがなにか胸騒ぎのする夢からさめると、ベットのなかの自分が一匹のばかでかい毒虫に変わってしまっているのに気がついた、というのは有名な小説の冒頭であるが、俺は、なにやら胸騒ぎのする夢から覚めると、なにやら体に違和感を覚え、洗面所へ行って鏡の前で自分の顔をペタペタと触ってみるが、これはどうも、いや、どうみても、凡庸な俺の顔とは似ても似つかない整ったものであったので、これはどういうことだろうとまじまじと見てみると俺はどうやら長門有希に変わってしまっていることに気づいた。今日は珍しく妹が起こしに来なかったので難を逃れたが、もしこれが家族にバレたら愛しい息子が女になってしまったということで、後生大事に箱入り娘として育てられてしまうことは容易に想像できたので、俺は親や妹が起き出さないうちにこっそりと家を出て、長門のマンションへ向かった。
「入って」と言う長門の無機質な声は随分と俺に安堵感を与えた。どうやら俺が長門に変わってしまっても、長門は依然長門のままであった。これで俺の顔をした長門が、こんな高級マンションで一人暮らしをしていたとなったら、随分長門の境遇がいたたまれない。いや、谷口になるよりは幾分かマシだろうが、それにしたって、俺が部室の片隅で黙々と小説を読んでいる姿というのは想像できない。
いつぞやの時のように、長門はお茶を入れて対面に座った。
「長門、どういうことだか、お前は知っているか?」
と俺が問うと、長門は
「知らない」
と答えた。
そうか、知らないのか。早速暗礁に乗り上げたな。
「ただ…原因があるとすれば…」
「ハルヒか…」
しかし、一体なんだって、ハルヒは俺が長門になることを望んだんだ。しかも二人長門がいたとして、何になるというのだ。もし長門が二人いたとしたら、俺としてはそれはそれは頼もしいものがあるだろうが、何しろ片方の中身は俺なのだ、こちらに関しては、頼りにならないことは折り紙つきだ。
「危機が迫るとしたら、まず、あなた」
そうだったのか。
「とりあえず、どうすれば元に戻れるんだ」
長門は困ったような顔をして
「わからない」
と答えた。俺もわからない。
そしてわからないままに俺は、長門有希として学校に登校することになった。
長門が言うには、俺の姿はハルヒのトンデモ能力によって改変されているため、長門の情報改変能力では干渉ができない、とのことであったので、長門が俺の姿になって、言うなれば入れ替わって生活することになったのだ。
そんなこんなで、600年ほどの年月が流れただろうか。
長門有希になった俺は歳をとることもなく、その間にハルヒが死んだり、時間平面移動をしていない朝比奈さんの誕生に立ち会ったり、古泉が閉鎖空間で「ふんもっふ」と言ったり、色々あった。俺と長門は相変わらず高校へ登校し、代わり映えのない高校生活を過ごしている。俺は長門有希として過ごしているので、「そう」と「いい」と「待つがよい」と言う長門おきまりのセリフも随分板についてきた頃だ。
朝比奈さんの時代の未来人の過ちのせいで、地表の8割は焼け野原になり、人類はそのほとんどが死に絶えてしまった。
結局俺が長門になってしまった原因はわからないまま、ただ時間だけが過ぎて行った。
そうして55億年の年月が流れた。赤く、大きく燃える太陽が、まるで目と鼻の先にあるように感じる。俺は、長門と一緒に、地球の終焉を見守った。
随分前に人類も、そして地球上の生物全てが死滅してしまったのだが、こうして太陽系の歴史は誰にも見守られなかった、と言うことはなく、俺たち二人に見守られて、ゆっくりとその生を終えたのだった。
「わが赴くは長門有希の群」完
「入って」と言う長門の無機質な声は随分と俺に安堵感を与えた。どうやら俺が長門に変わってしまっても、長門は依然長門のままであった。これで俺の顔をした長門が、こんな高級マンションで一人暮らしをしていたとなったら、随分長門の境遇がいたたまれない。いや、谷口になるよりは幾分かマシだろうが、それにしたって、俺が部室の片隅で黙々と小説を読んでいる姿というのは想像できない。
いつぞやの時のように、長門はお茶を入れて対面に座った。
「長門、どういうことだか、お前は知っているか?」
と俺が問うと、長門は
「知らない」
と答えた。
そうか、知らないのか。早速暗礁に乗り上げたな。
「ただ…原因があるとすれば…」
「ハルヒか…」
しかし、一体なんだって、ハルヒは俺が長門になることを望んだんだ。しかも二人長門がいたとして、何になるというのだ。もし長門が二人いたとしたら、俺としてはそれはそれは頼もしいものがあるだろうが、何しろ片方の中身は俺なのだ、こちらに関しては、頼りにならないことは折り紙つきだ。
「危機が迫るとしたら、まず、あなた」
そうだったのか。
「とりあえず、どうすれば元に戻れるんだ」
長門は困ったような顔をして
「わからない」
と答えた。俺もわからない。
そしてわからないままに俺は、長門有希として学校に登校することになった。
長門が言うには、俺の姿はハルヒのトンデモ能力によって改変されているため、長門の情報改変能力では干渉ができない、とのことであったので、長門が俺の姿になって、言うなれば入れ替わって生活することになったのだ。
そんなこんなで、600年ほどの年月が流れただろうか。
長門有希になった俺は歳をとることもなく、その間にハルヒが死んだり、時間平面移動をしていない朝比奈さんの誕生に立ち会ったり、古泉が閉鎖空間で「ふんもっふ」と言ったり、色々あった。俺と長門は相変わらず高校へ登校し、代わり映えのない高校生活を過ごしている。俺は長門有希として過ごしているので、「そう」と「いい」と「待つがよい」と言う長門おきまりのセリフも随分板についてきた頃だ。
朝比奈さんの時代の未来人の過ちのせいで、地表の8割は焼け野原になり、人類はそのほとんどが死に絶えてしまった。
結局俺が長門になってしまった原因はわからないまま、ただ時間だけが過ぎて行った。
そうして55億年の年月が流れた。赤く、大きく燃える太陽が、まるで目と鼻の先にあるように感じる。俺は、長門と一緒に、地球の終焉を見守った。
随分前に人類も、そして地球上の生物全てが死滅してしまったのだが、こうして太陽系の歴史は誰にも見守られなかった、と言うことはなく、俺たち二人に見守られて、ゆっくりとその生を終えたのだった。
「わが赴くは長門有希の群」完
2017年5月6日土曜日
オールユーニードイズ長門有希
朝比奈さんたち未来人の目的は、なんだったであろうか。長門達は自立進化の可能性、古泉達は世界の平穏と、崩壊の危機の回避という目的があったはずだ。確か未来人陣営は時空震動の原因がハルヒで、それを調査に来たんだったか?いや、待てよ、そう考えると少しおかしいな、整理してみよう。
あの時の朝比奈さんのセリフはこうだ。『三年前。大きな時間振動が検出されたの。ああうん、今の時間から数えて三年前ね。キョン君や涼宮さんが中学生になった頃の時代。調査するために過去に飛んだ我々は驚いた。どうやってもそれ以上の過去に遡ることができなかったから』ということは、原因の調査は朝比奈さん達の目的ではなさそうだ。その後、時間の歪みの中心にハルヒがいた、と言っていることからも、朝比奈さん達は時空振動の原因をハルヒと断定して行動しているわけだ。
思い出した、朝比奈さんの目的を長門に説明してもらったことがある。確か『未来の固定のためには新しい数値を入力する必要がある。朝比奈みくるの役割はその数値の調整』だかなんだったか。つまり朝比奈さんは、ある意味では自分の都合のいいように過去を改変しにやって来ているわけである。無論それはつまり、自分自身が、言うなれば自分の存在する未来が存在するように、という、半ば自衛的で、半ば必然的な行動であるのかもしれないが。しかし、落ち着いて考えてみてほしい。あの冬の大立ち回り、つまり長門のエラーが爆発したあの事件を、ドラえもんのび太の大魔境よろしく未来から解決しに行った時のことを思い出してほしい。古泉の説明であるので、あまり確証のもてる話ではないが、時間は一部の例外を認めるにせよ、基本的には一つの世界線のみを基準に進んでいると考えて良いだろう。なぜなら、時間が一つでないのなら、朝比奈さん達未来人が、わざわざ過去に来て、しかも他の未来人勢力と対立して過去を改変する必要がないのだ。パラレルワールドが存在するならば、何も躍起になって過去を改変する必要はない。無数の分岐の中の一つが朝比奈さん達の暮らす未来になるであろうことは、想像に難くないからだ。ではなぜ、朝比奈さんは過去を改変しなければならないのか。人間のその時その時の選択が、偶然であったにせよ、世界線が一つであるならば、未来から過去へ世界線を俯瞰して眺めた時に、すべての偶然は必然となるだろう。未来にとって世界はその選択しか許容しなかったのだ。では、その必然が揺らぐ時、それはなんであろうか。そう、TPDD、つまりタイムマシンの存在だ。彼らが時間に干渉できるようになって初めて、時間は不可侵で選択を認めない、偶然のような必然で構成されるものから、変質したのだ。時間に干渉できるようになって初めて、朝比奈さん達は時間を制御しなければならなくなったのではないか。まるで核分裂を発見した人類の歴史と同じではないか。そもそも、それが発見されなければ、そんな問題は起こらなかったはずなのだ。しかし、いずれ誰かが発見した時に、悪用されないためにも時間は良識ある人間が制御しなければならない、という発想は必然的に出てくるだろう。冷戦以降の核不拡散条約がいい例だ。しかしそう考えた時に、朝比奈さんと藤原違いは何か、と考えると、それは信ずる正義がいずれの側に属するか、という問題に他ならない。つまり、未来人達が行なっているのは、時間という人間が取り扱うには途方も無い概念を、どちらが主導権を持って管理していくか、という政治的パワーゲームに他ならない。
そして、落ち着いて考えると、さらに一点不可解なことが気にかかる。
最初の問題に立ち返るが、ハルヒによる時間断層の問題だ。つまり未来人は、俺たちが中学生だったあの頃より過去に、一度も行ったことがないはずなのだ。時間というものを、古い時間の概念超えて観測できるようになった時に、この問題はどうしても避けて通れないものになるだろう。何故ならば、化石のような状況証拠から推察される古生代、人間の発生、宇宙の誕生、そして記録として残る江戸時代や、アメリカ独立戦争、果ては、先ほど話題に出した冷戦ですら、未来人は直接観測できていない、ということになる。というか、過去という概念の、ある地点より前が、一切証明不可能なのだ。時空振動、という概念を考えるに、朝比奈さん達の未来では、時間を一種の振動、つまり波として捉えるのであろう。それはつまり、電磁波で距離を測定するソナーとかと、比較的近いのではなかろうか。観察者効果を考えるに、朝比奈さん達は、未来から何かしらの、粒子のようなものを過去に向けて投射し、その反響を観測しているのではないかと考えられるが、それがある場所を境に、一切存在していない、という状況になるわけだ。少なくとも、データの上ではそうなっているはずだ。それは、断層なんて甘っちょろいものではない、消失、あるいは欠落、と言ってもいいだろう。ある地点より過去は、観測できない以上存在しないのだ。 端的に言ってしまえば、朝比奈さん達未来人の常識において、人類の前史というものは、参照不可能なのだ。無論、化石や、これまでの記録としては残っている、しかし、時間平面理論という、より進んだ、新しい考え方では時間断層以前の歴史は観測不可能なものになっているのだ。
これは恐らく、古泉達以上に世界五分前仮説を信ずる動機になるだろう。本来なら、超能力者達ではなく、朝比奈さん達未来人がハルヒを神と崇めるべきなんじゃないのか?世界が観測可能になったその時に、ハルヒがその中心にいたのだ。それはつまり、現在俺たちが信じている宇宙理論においてビックバンの中心に知的生命体がいた、というのと感覚的にはほとんど同じだろう。それを神と信じることに、何の躊躇があろうか。
違う観点から考えてみよう。ハルヒは観測されたからこそ生まれた、と仮定してみる。つまりハルヒの能力は未来人による時間干渉の歪みを補正するために生まれた。という考え方だ。多分に人間原理寄りな考え方だが、従来あったはずの歴史を朝比奈さん達未来人が時間平面理論によって観測可能になったことに、全ての原因を求める考え方だ。俺がかつて信じていたように、サンタクロースも、未来人も、宇宙人も、超能力者もいない歴史が、これまでにあって、朝比奈さん達が観測したことによって、その歴史に歪みが生じた、と仮定する。観測という行為は常に観測対象を変化させる。未来人が時間を観測したことによって、ハルヒが生まれ、その歪みを補正するために、情報統合思念体や、超能力者が生まれた、と考えて見てはどうだろうか。
そもそも過去未来の時間を定量的に観測できる存在は、一種の四次元存在とも言える。今まで俺はそういう存在は情報統合思念体と広域帯宇宙存在だけであると考えていたが、時間を知覚し、時間に干渉できる以上、未来人も一種の四次元的存在であると言えるだろう。時間平面理論は、時間平面の名前の通り、未来人は時間を二次元の連続として捉えている訳であるが、これはわかりやすく説明するための方便でしかないように思う。パラパラ漫画の例えで朝比奈さんが説明してくれたことを思い出して欲しい。彼らは、パラパラ漫画に書き込むが如く、3次元のプレーンに干渉することができるのだ。そして、何より、TPDDだ。何の略称か忘れてしまった方のために改めておさらいするが、あれは「Time Plain Destroyed Device」の略称で、直訳するならば「時間平面破壊装置」と呼ぶこともできる。例えば、時間平面を地層のように考えて見て欲しい。20層下に埋まっている恐竜の化石を掘り返すためには、19層分の地層を掘削して取り除かなければならない。無論、上に建物が建っていたならば、その建物も壊さなければならないし、14層にあったほ乳類の祖先の化石を掘り返そうとしても、その層はすでに掘削されて取り除かれてしまっているので、参照不可能である。日めくりカレンダーを裏から破っていく、と考えてもいいかもしれない。朝比奈さんが言っていた重大なセリフを思い出して欲しい『時間は連続してないから、仮にわたしがこの時代で歴史を改変しようとしても、未来にそれは反映されません。この時間平面上のことだけで終わってしまう。』これは後々起こった事を考えてみると其の場凌ぎの嘘だったのではないかと思える節がいくつかある。そもそも過去の改変が未来に影響を及ぼさないなら、朝比奈さんはハルヒのことなど放っておいて、規定事項も処理する必要がないからだ。
この言葉の意味をそのままに受け取った場合の結論は二つだ、
① 朝比奈さんたちが純粋な知的好奇心からハルヒの行動を観察し、いずれ論文にまとめて学会に発表する。
② 朝比奈さんが遡行した時間平面から、俺たちが存在する時間平面の間は、未来人の時間平面破壊装置によって破壊されてしまっているため、変わるべき未来がそもそも存在しない。
①の可能性もあるにはあるが、まあその場合は何の実害もないので置いておくとして、問題は②の場合だ。時間が空白になる可能性に関しては、古泉が、冬のあの事件の時間的推移を俺に説明する際に考察している。七夕の件に関しても、朝比奈さんは現在に戻ることができず、長門の超宇宙パワーの手助けを借りて、実際に三年間の時間経過を待っている。いや、ダメだな、朝比奈みちるの件のことを失念していた、あの時8日後から来た朝比奈さんは確かに、未来へと戻っている。しかし、落ち着いて考えてみよう、仮に、破壊された時間平面はあったとしよう、しかし、その穴は、過去の朝比奈さんと、俺たちによってしっかり穴埋めされたわけだ。推測でしかないが、時間平面を時間移動することによって破壊している、という可能性はこれによって否定されるわけでもない。移動していない、一定時間から未来は、当たり前に存在していると考えてみれば、これはつまり、漫画単行本の特定のページの間を裁断して引き抜いたような形になる。朝比奈さんが、時間の分岐点の話をしている以上、時間は平面でありながらも、一種のベクトルを持って、未来へと進行している、と捉えることは可能だろう。時間平面理論というのは、時間を時間遡行のために観測するための限定的な、実用重視の考え方であって、本来的な時間は、一般相対性理論における時間概念を依然とっているのかもしれない。とすれば②の状況を仮定した場合、朝比奈さんたちの活動は、最初の時間平面移動によって破壊されてしまった歯抜けになった漫画のページに描き込まれる新しいストーリーを、朝比奈さんたちの暮らす未来に綺麗につながるように修正していると考えることができる。時間平面が積み重ねられていった結果、破壊されていない時間平面との接続における齟齬を最小限に抑えることが、朝比奈さんたちの仕事なのではないだろうか。
そう言えば、長門たちは時間連続体という言葉を使っている。時間平面という言葉も使ってはいるが、長門たちはどうも俺たちが理解できる言葉を選んで使っている節があるので、時間平面は朝比奈さんから情報共有されている俺たちが理解できる形の用語をあえて使っているという可能性は否定できない。時間平面理論は、時間が平面の連続、つまり、朝比奈さん的に雨ならば、パラパラ漫画のようなものである、という定義である。しかし、長門が行なった、三年間の時間停止に関して言えば、それは大きく矛盾していることがわかる。三年間、時間が止まっていたはずならば、その時間はそこで静止し、その先の未来は存在しないことになる。三年前に時間を止められた俺が、三年後の長門の部屋に出てくることは不可能なのだ。なぜならば、俺と朝比奈さんは、まごうことなく三年前の七夕という時間平面で、時間停止によって未来方向にパラパラ漫画を積み重ねていく工程を停止されていたのだから、俺と朝比奈さんはパラパラ漫画に開いた虚無の穴の底にたゆたっているはずだ。三年後に長門が寝室の襖を開けたとしても、そこには虚無が広がっているだけのはずなのだ。なぜならば、そこに時間平面は存在していないのだから。長門は、TPDDを、原始的な時間移動手段であるということを語っていたが、時間が情報として理論、体系化可能であるのであるから、情報統合思念体も、やはり当たり前に、時間を移動するすべを知っているということになる。何よりも、情報統合思念体は、どちらかというと時間を超越した高次元存在のように、俺は考えている。三年前の長門が、三年後の長門に同期を求めたことをお忘れではないだろう。つまり情報統合思念体にとって、時間というものは操作することのできる情報の一つに過ぎず、人間のように、時間という平面の連続を、未来方向に光速で移動する必要がないのだ。
色々と考えてみたが結局のところ、三次元存在である俺にとって、時間というものを理解することはおそらく無理なのだろう、と思う。それは俺より幾分か頭がいいが、超能力者でありながらも、同じく三次元存在である古泉にだって多分不可能だ。
ともあれ、朝比奈さんは、船の浮く原理が社会常識から削除され、ケプラーの天体望遠鏡は一般教養として普遍化した世界からやってきているのだ。そして、俺たちが知るべきでない未来は『禁則事項』によって覆い隠してくれている。
俺にできることは、せいぜい未来を楽しみにして、今日という時間平面を生きることだけなのだろうな。
「オールユーニードイズ長門有希」完
あの時の朝比奈さんのセリフはこうだ。『三年前。大きな時間振動が検出されたの。ああうん、今の時間から数えて三年前ね。キョン君や涼宮さんが中学生になった頃の時代。調査するために過去に飛んだ我々は驚いた。どうやってもそれ以上の過去に遡ることができなかったから』ということは、原因の調査は朝比奈さん達の目的ではなさそうだ。その後、時間の歪みの中心にハルヒがいた、と言っていることからも、朝比奈さん達は時空振動の原因をハルヒと断定して行動しているわけだ。
思い出した、朝比奈さんの目的を長門に説明してもらったことがある。確か『未来の固定のためには新しい数値を入力する必要がある。朝比奈みくるの役割はその数値の調整』だかなんだったか。つまり朝比奈さんは、ある意味では自分の都合のいいように過去を改変しにやって来ているわけである。無論それはつまり、自分自身が、言うなれば自分の存在する未来が存在するように、という、半ば自衛的で、半ば必然的な行動であるのかもしれないが。しかし、落ち着いて考えてみてほしい。あの冬の大立ち回り、つまり長門のエラーが爆発したあの事件を、ドラえもんのび太の大魔境よろしく未来から解決しに行った時のことを思い出してほしい。古泉の説明であるので、あまり確証のもてる話ではないが、時間は一部の例外を認めるにせよ、基本的には一つの世界線のみを基準に進んでいると考えて良いだろう。なぜなら、時間が一つでないのなら、朝比奈さん達未来人が、わざわざ過去に来て、しかも他の未来人勢力と対立して過去を改変する必要がないのだ。パラレルワールドが存在するならば、何も躍起になって過去を改変する必要はない。無数の分岐の中の一つが朝比奈さん達の暮らす未来になるであろうことは、想像に難くないからだ。ではなぜ、朝比奈さんは過去を改変しなければならないのか。人間のその時その時の選択が、偶然であったにせよ、世界線が一つであるならば、未来から過去へ世界線を俯瞰して眺めた時に、すべての偶然は必然となるだろう。未来にとって世界はその選択しか許容しなかったのだ。では、その必然が揺らぐ時、それはなんであろうか。そう、TPDD、つまりタイムマシンの存在だ。彼らが時間に干渉できるようになって初めて、時間は不可侵で選択を認めない、偶然のような必然で構成されるものから、変質したのだ。時間に干渉できるようになって初めて、朝比奈さん達は時間を制御しなければならなくなったのではないか。まるで核分裂を発見した人類の歴史と同じではないか。そもそも、それが発見されなければ、そんな問題は起こらなかったはずなのだ。しかし、いずれ誰かが発見した時に、悪用されないためにも時間は良識ある人間が制御しなければならない、という発想は必然的に出てくるだろう。冷戦以降の核不拡散条約がいい例だ。しかしそう考えた時に、朝比奈さんと藤原違いは何か、と考えると、それは信ずる正義がいずれの側に属するか、という問題に他ならない。つまり、未来人達が行なっているのは、時間という人間が取り扱うには途方も無い概念を、どちらが主導権を持って管理していくか、という政治的パワーゲームに他ならない。
そして、落ち着いて考えると、さらに一点不可解なことが気にかかる。
最初の問題に立ち返るが、ハルヒによる時間断層の問題だ。つまり未来人は、俺たちが中学生だったあの頃より過去に、一度も行ったことがないはずなのだ。時間というものを、古い時間の概念超えて観測できるようになった時に、この問題はどうしても避けて通れないものになるだろう。何故ならば、化石のような状況証拠から推察される古生代、人間の発生、宇宙の誕生、そして記録として残る江戸時代や、アメリカ独立戦争、果ては、先ほど話題に出した冷戦ですら、未来人は直接観測できていない、ということになる。というか、過去という概念の、ある地点より前が、一切証明不可能なのだ。時空振動、という概念を考えるに、朝比奈さん達の未来では、時間を一種の振動、つまり波として捉えるのであろう。それはつまり、電磁波で距離を測定するソナーとかと、比較的近いのではなかろうか。観察者効果を考えるに、朝比奈さん達は、未来から何かしらの、粒子のようなものを過去に向けて投射し、その反響を観測しているのではないかと考えられるが、それがある場所を境に、一切存在していない、という状況になるわけだ。少なくとも、データの上ではそうなっているはずだ。それは、断層なんて甘っちょろいものではない、消失、あるいは欠落、と言ってもいいだろう。ある地点より過去は、観測できない以上存在しないのだ。 端的に言ってしまえば、朝比奈さん達未来人の常識において、人類の前史というものは、参照不可能なのだ。無論、化石や、これまでの記録としては残っている、しかし、時間平面理論という、より進んだ、新しい考え方では時間断層以前の歴史は観測不可能なものになっているのだ。
これは恐らく、古泉達以上に世界五分前仮説を信ずる動機になるだろう。本来なら、超能力者達ではなく、朝比奈さん達未来人がハルヒを神と崇めるべきなんじゃないのか?世界が観測可能になったその時に、ハルヒがその中心にいたのだ。それはつまり、現在俺たちが信じている宇宙理論においてビックバンの中心に知的生命体がいた、というのと感覚的にはほとんど同じだろう。それを神と信じることに、何の躊躇があろうか。
違う観点から考えてみよう。ハルヒは観測されたからこそ生まれた、と仮定してみる。つまりハルヒの能力は未来人による時間干渉の歪みを補正するために生まれた。という考え方だ。多分に人間原理寄りな考え方だが、従来あったはずの歴史を朝比奈さん達未来人が時間平面理論によって観測可能になったことに、全ての原因を求める考え方だ。俺がかつて信じていたように、サンタクロースも、未来人も、宇宙人も、超能力者もいない歴史が、これまでにあって、朝比奈さん達が観測したことによって、その歴史に歪みが生じた、と仮定する。観測という行為は常に観測対象を変化させる。未来人が時間を観測したことによって、ハルヒが生まれ、その歪みを補正するために、情報統合思念体や、超能力者が生まれた、と考えて見てはどうだろうか。
そもそも過去未来の時間を定量的に観測できる存在は、一種の四次元存在とも言える。今まで俺はそういう存在は情報統合思念体と広域帯宇宙存在だけであると考えていたが、時間を知覚し、時間に干渉できる以上、未来人も一種の四次元的存在であると言えるだろう。時間平面理論は、時間平面の名前の通り、未来人は時間を二次元の連続として捉えている訳であるが、これはわかりやすく説明するための方便でしかないように思う。パラパラ漫画の例えで朝比奈さんが説明してくれたことを思い出して欲しい。彼らは、パラパラ漫画に書き込むが如く、3次元のプレーンに干渉することができるのだ。そして、何より、TPDDだ。何の略称か忘れてしまった方のために改めておさらいするが、あれは「Time Plain Destroyed Device」の略称で、直訳するならば「時間平面破壊装置」と呼ぶこともできる。例えば、時間平面を地層のように考えて見て欲しい。20層下に埋まっている恐竜の化石を掘り返すためには、19層分の地層を掘削して取り除かなければならない。無論、上に建物が建っていたならば、その建物も壊さなければならないし、14層にあったほ乳類の祖先の化石を掘り返そうとしても、その層はすでに掘削されて取り除かれてしまっているので、参照不可能である。日めくりカレンダーを裏から破っていく、と考えてもいいかもしれない。朝比奈さんが言っていた重大なセリフを思い出して欲しい『時間は連続してないから、仮にわたしがこの時代で歴史を改変しようとしても、未来にそれは反映されません。この時間平面上のことだけで終わってしまう。』これは後々起こった事を考えてみると其の場凌ぎの嘘だったのではないかと思える節がいくつかある。そもそも過去の改変が未来に影響を及ぼさないなら、朝比奈さんはハルヒのことなど放っておいて、規定事項も処理する必要がないからだ。
この言葉の意味をそのままに受け取った場合の結論は二つだ、
① 朝比奈さんたちが純粋な知的好奇心からハルヒの行動を観察し、いずれ論文にまとめて学会に発表する。
② 朝比奈さんが遡行した時間平面から、俺たちが存在する時間平面の間は、未来人の時間平面破壊装置によって破壊されてしまっているため、変わるべき未来がそもそも存在しない。
①の可能性もあるにはあるが、まあその場合は何の実害もないので置いておくとして、問題は②の場合だ。時間が空白になる可能性に関しては、古泉が、冬のあの事件の時間的推移を俺に説明する際に考察している。七夕の件に関しても、朝比奈さんは現在に戻ることができず、長門の超宇宙パワーの手助けを借りて、実際に三年間の時間経過を待っている。いや、ダメだな、朝比奈みちるの件のことを失念していた、あの時8日後から来た朝比奈さんは確かに、未来へと戻っている。しかし、落ち着いて考えてみよう、仮に、破壊された時間平面はあったとしよう、しかし、その穴は、過去の朝比奈さんと、俺たちによってしっかり穴埋めされたわけだ。推測でしかないが、時間平面を時間移動することによって破壊している、という可能性はこれによって否定されるわけでもない。移動していない、一定時間から未来は、当たり前に存在していると考えてみれば、これはつまり、漫画単行本の特定のページの間を裁断して引き抜いたような形になる。朝比奈さんが、時間の分岐点の話をしている以上、時間は平面でありながらも、一種のベクトルを持って、未来へと進行している、と捉えることは可能だろう。時間平面理論というのは、時間を時間遡行のために観測するための限定的な、実用重視の考え方であって、本来的な時間は、一般相対性理論における時間概念を依然とっているのかもしれない。とすれば②の状況を仮定した場合、朝比奈さんたちの活動は、最初の時間平面移動によって破壊されてしまった歯抜けになった漫画のページに描き込まれる新しいストーリーを、朝比奈さんたちの暮らす未来に綺麗につながるように修正していると考えることができる。時間平面が積み重ねられていった結果、破壊されていない時間平面との接続における齟齬を最小限に抑えることが、朝比奈さんたちの仕事なのではないだろうか。
そう言えば、長門たちは時間連続体という言葉を使っている。時間平面という言葉も使ってはいるが、長門たちはどうも俺たちが理解できる言葉を選んで使っている節があるので、時間平面は朝比奈さんから情報共有されている俺たちが理解できる形の用語をあえて使っているという可能性は否定できない。時間平面理論は、時間が平面の連続、つまり、朝比奈さん的に雨ならば、パラパラ漫画のようなものである、という定義である。しかし、長門が行なった、三年間の時間停止に関して言えば、それは大きく矛盾していることがわかる。三年間、時間が止まっていたはずならば、その時間はそこで静止し、その先の未来は存在しないことになる。三年前に時間を止められた俺が、三年後の長門の部屋に出てくることは不可能なのだ。なぜならば、俺と朝比奈さんは、まごうことなく三年前の七夕という時間平面で、時間停止によって未来方向にパラパラ漫画を積み重ねていく工程を停止されていたのだから、俺と朝比奈さんはパラパラ漫画に開いた虚無の穴の底にたゆたっているはずだ。三年後に長門が寝室の襖を開けたとしても、そこには虚無が広がっているだけのはずなのだ。なぜならば、そこに時間平面は存在していないのだから。長門は、TPDDを、原始的な時間移動手段であるということを語っていたが、時間が情報として理論、体系化可能であるのであるから、情報統合思念体も、やはり当たり前に、時間を移動するすべを知っているということになる。何よりも、情報統合思念体は、どちらかというと時間を超越した高次元存在のように、俺は考えている。三年前の長門が、三年後の長門に同期を求めたことをお忘れではないだろう。つまり情報統合思念体にとって、時間というものは操作することのできる情報の一つに過ぎず、人間のように、時間という平面の連続を、未来方向に光速で移動する必要がないのだ。
色々と考えてみたが結局のところ、三次元存在である俺にとって、時間というものを理解することはおそらく無理なのだろう、と思う。それは俺より幾分か頭がいいが、超能力者でありながらも、同じく三次元存在である古泉にだって多分不可能だ。
ともあれ、朝比奈さんは、船の浮く原理が社会常識から削除され、ケプラーの天体望遠鏡は一般教養として普遍化した世界からやってきているのだ。そして、俺たちが知るべきでない未来は『禁則事項』によって覆い隠してくれている。
俺にできることは、せいぜい未来を楽しみにして、今日という時間平面を生きることだけなのだろうな。
「オールユーニードイズ長門有希」完
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2016年12月15日木曜日
ほとんど長門有希
古泉に初めて閉鎖空間に連れて行かれた時、ずいぶん長いこと高速道路に乗ったのだが、端的に言えば閉鎖空間は必ずしもハルヒの家の近所に出現するわけではない、ということがわかる。
というわけで、急にロシアに閉鎖空間ができることもあれば、フランスにできることもあるだろうし、コンゴにできることもあるだろう。南極や北極、入国の難しい北朝鮮やカナダのエアフォース島などの無人島に出現した場合、古泉たちはどうしているのだろうか。
やはりソビエト担当、フランス担当、南アフリカ担当、伊豆諸島担当などの様々な機関の人間が全国に散っているのだろうか。
その頃、土星の衛星タイタンの地表では大規模な閉鎖空間が発生していたのだが、そこまで到達する手段を機関は持っていおらず、刻一刻と人類滅亡へのカウントダウンが進んでいたのだった。
「ほとんど長門有希」完
一千一秒長門有希
かつて朝比奈さんに年齢を聞いた時に、朝比奈さんは「禁則事項です」と答えたのを覚えておいでだろうか?ということは、少なくとも高校二年生に当たる年齢ではない、ということが証明されているわけである。そうでなければ情報公開に制限を受けるいわれがないからな。
という訳で、改めて長門に協力を得て朝比奈さんの年齢を調べてみよう、ということになった。長門は3歳ということがわかっているので、この点は安心できる。古泉は機関からのルートで編入してきている以上、実はイマイチ年齢に信憑性がない。
さて、どうやって年齢を暴くべきか、長門と相談してみる。
そもそも長門は知らないのか?
「朝比奈みくるの年齢は現在の時間軸を基準にすると、マイナス2534歳
に当たる」
うーん、未来人だからそういう計算になってしまうのか…
少なくとも2534歳以下ということはわかったが、幅が広すぎる。
朝比奈さん、実際のところ何歳なんですか?
朝比奈さん、実際のところ何歳なんですか?
「禁則事項です」
早速暗礁に乗り上げてしまった。
そもそもよく考えたら、俺の年齢だって本当に高校一年生に相当する年齢なのか怪しいものである。この自堕落な性格を考えたら、中学時代に留年していてもおかしくない。
何より、年齢というものを証明するというのは難しいのだ。今自分が何歳だったとしてそれを証明するのは難しい。化石みたいに放射性炭素年代測定をするというのはどうだろう。
「4年後に起きる世界最終戦争による核兵器の乱用で2004年以降は人口の放射線が多く、放射性炭素年代測定の精度は信頼できるものではない」
早速暗礁に乗り上げてしまった。
未来の朝比奈さんも年齢を教えてくれなかったし。
「うーん、やはり朝比奈さんの年齢を知るのは、とても難しいようだなぁ」
巨大な培養槽の中に浮かぶ巨大な朝比奈さんの脳はなんだかにっこり微笑んで「禁則事項です」と言ったように見えたのだった。
「一千一秒長門有希」完
2016年12月8日木曜日
才智あふるる郷士ドン・長門有希・デ・ラマンチャ 後篇
騎士道物語の読みすぎでハルヒが自分を伝説の騎士だと錯覚してシャミセンにまたがり海を渡ってオランダを征服しに行ったのは、秋も深まった落葉の季節であった。
ハルヒが風車に勝てたかどうかはさておき、サンチョ・パンサの役回りでわざわざスペインまで連れてこられたSOS団の面々は、フランスの北からベルギーに回り込み、オランダへ向かう最中であった。歩き通しで足は棒になり、棒になった先から地面との摩擦で削れて、長門などはもう膝から下が無いような有様であったが、ヨーロッパの街並みや、日本とは異なる生活習慣は、俺たちに大きな感動を齎したのであった。
さすがともいうべきであろうが、自身を騎士と錯覚したハルヒは悪魔のような強さと、相手方の勘違いによってここまで常勝を繰り返し、行く先々で立ちはだかってきた騎士や、陸軍やフェリペ2世などをバッタバッタとなぎ倒して進んでいる。
海岸を進んで行くとハルヒは立ち並ぶ風車を巨人と勘違いして突撃して行った。
どうせコンクリートには勝てないであろうし、ハルヒは無視するとして、俺たちは海岸に打ち上げられた不思議な人物の方に気を取られていた。
腰みのに和服、小脇に釣竿といういでたちの男は、辺りをキョロキョロと見渡している。
「あれは浦島太郎」
と、腰から下がなくなってしまった長門が言うので
「あなたは浦島太郎さんですか?」
と愚直に尋ねた。
「やあ、どうもそうなんですけどね、竜宮という海底の都で遊び呆けて、そろそろ故郷も恋しくなり帰ろうと思い立って亀に送り届けられたら、どうも様子がおかしい、見たことがない風景、どうしようかと途方に暮れているところです。おや、あなたたちは私をご存知なんですか?」
「ご存知のはずなんですが、今日まで竜宮城にいた、ということは、ひょっとすると別の人なのかもしれません」
「タイムパラドックスですかね」
朝比奈さんは首を傾げた。
「浦島太郎という人物は複数人いたのかもしれませんよ」
古泉は自慢の推理力を披露する。
「玉手箱というお土産ももらってきたのですが、これも決して開けるな、と言われて持たされたのです。どうもおかしいな。中身を確認したら、何かわかるかもしれない」
俺と古泉は、この男がなんだか可哀想になってしまい、目を合わせてから古泉が言った。
「ひょっとすると、一種のドッキリのようなものが企画されているののではないでしょうか、箱を開けて、ドッキリ大成功という紙が一枚出てくる。タイやヒラメに嘲笑されて、おしまい、なんていうのはどうも嫌な気持ちになりそうですよ」
「そういうものですかねぇ、それはそうと、ずいぶん長い間、竜宮にいたような気がする、今は何年の何月何日ですかね?」
「えーと、今は2016年の…」
と朝比奈さんが律儀に答えると浦島太郎はみるみる顔にシワが刻まれ、白髪になり、腰が曲がっていった。
「なんと、それじゃあ私が亀を助けてから、数百年も時間が経っていることになる。知らなければ勘違いで済ませられたが、知ったからにはもうこの若い姿を保てなくなってしまった。ひょっとすると、玉手箱に、何か助かる方策が入っているかも」
そう言ってヨボヨボの手でなんとか玉手箱を開けると、中には「ドッキリ大成功」と書かれた紙が一枚。
ハルヒはコンクリートに負けて折れた槍を振り回して、懸命に風車と格闘していたのだった。
「才智あふるる郷士ドン・長門有希・デ・ラマンチャ 後篇」完
2016年12月6日火曜日
長門有希の水陸における驚くべき旅行と出征と愉快な冒険
かつて俺はハルヒに、長門は宇宙人で、朝比奈さんは未来人で、古泉は超能力者であるという真実を伝えたことがあるのだが、とんでもないほら吹きだと馬鹿にされ、一笑に付されてしまったことがある。
それからもいくら不思議なことが起ころうとも、ハルヒは世の中の不思議を頑なに認めようとしなかった。不思議探索で毎週末不思議を求めて足が棒になるまで街を歩き回っているというのに、現れた不思議に目もくれないのは、いささか不思議である。
そして、今日も今日とて、俺たちは不思議探索にやってきていた。
今回はハルヒと朝比奈さんと長門と未来の朝比奈さんのチーム、長門と俺のチーム、古泉のチームの三段構えで不思議を探そうという算段だ。というかくじ引きでそういう組み合わせになった。ハルヒが明日の不思議探索は3組に分かれる、と宣言した際に、団員を3で割るとひとりぼっちのチームができてしまうということで朝比奈さんと長門が気を使い、別の時間軸の自分を呼んできたり、二人に増えたりしたのだが、その気遣いも偶然のいたずらで無為になってしまっていた。
朝比奈さんが軽率に未来の自分とコンタクトを取ったために、タイムパラドックスが起きて数億の未来の可能性が潰え、この世界が唯一残った世界だった、と未来の朝比奈さんが俺に言ったのだが、話が難しすぎて一向に理解できなかった。
「有希が二人に見えるけど最近乱視が進んでるしそのせいかもしれないわね」とハルヒが言っていた。
こうしてハルヒたちは地下世界の商店街へ向かい、俺たちは船で大海原へ出て、古泉は閉鎖空間で不思議探索をすることになった。
あまり大きな船ではないが、なかなかしっかりした作りに感心すると、俺と長門は大海原へオールを持って力一杯漕ぎだした。
波風は心地よく、時折舞う水しぶきがひんやりとして夏の強い日差しを感じさせない、なかなかに爽やかな船出だった。
昔から冒険には美女のお供が定番であるが、長門は谷口曰く、Aマイナーの美少女であるらしいので、早くもその条件をクリアしたと言えるだろう。やがて見渡す限り水平線、どこにも島影が見えなくなったあたりで、空気はなんだかひんやりとし、空は薄暗く曇ったように機嫌を損ねだした。一雨来るだろうか、などと思っていると一人の船幽霊が船の舳先に現れた。
「柄杓をくれ」
というので、長門がどこから取り出したのか、船幽霊に柄杓を差し出すと、幽霊は柄杓で海の水を船の中へ汲みいれだした。
船底が水でいっぱいになり、あわや俺たちの冒険はここで終わってしまうのか、と絶望的な気持ちになった時、長門は船底に電動ドリルで穴を開けだした。数回の工程を経て船底に大きな穴が開くと、みるみるうちに組み入れられた水は穴から海にこぼれ出てしまい、どれだけ柄杓で水を汲み入れようとも、なんの効果もなくなってしまった。
「これは一本取られた」
というと、船幽霊は柄杓を長門に返して、海の底へ帰っていった。
目下沈没の危機を免れ、俺は少し落ち着いてきたので、かねてからの疑問点を長門に尋ねてみた。
「長門、船の底に穴が空いたら、普通は穴から海の水が流れ込んできて沈んでしまうんじゃないか?」
俺がそう長門に尋ねると、長門は少しばかり考えるような顔をしてから
「どうもそうらしい」
と言った。
するとみるみるうちに穴から船の中に水が流れ込んできて、船は沈んでしまった。
こんなことになるなら、不思議は不思議のまま、確かめようとするんじゃなかった、と思ったが、覆水盆に返らず、俺は海の波に飲み込まれてろくに息もできず、やがて意識を失ってしまった。
目覚めるとどうやらここは海の上ではないらしい、背中にしっかりと砂浜の感触がある。空は快晴で、視界をさえぎる黒い影は、俺を覗き込んでいる長門の顔だということが、だんだんとわかってきた。
「ここは…」
と俺がつぶやくように言う。
「トラック諸島」
と長門が答えた。どうやらずいぶん流されてしまったようだ。
島の方を見渡してみると、鬱蒼とした森となっており、人が住んでいるような気配はない、ただ、遠くになんだか大きな彫像のようなものが見えたので、長門と俺はとりあえずそこへ向かって歩くことにした。人工物の近くに行けば、人に出会える可能性も高くなるだろう。砂浜を大きく迂回して数キロほど歩くと、どうやら近くにあるように見えた彫像は、随分遠くにあることがわかった。想像していたより随分と大きいようだ。まるでロドス島の巨像のごとき大きなそれは、近づくにつれ、どうやら像などではないと言うことがわかった。
「小さきものよ、こんなところに人間がやって来るのは、何年ぶりかな」
両手を高く掲げた巨人は、俺たちに随分上の方から話しかけてきた。
「あなたは何をやっているんですか?」
と俺はおっかなびっくり尋ねると、巨人は
「私の偉業は、世の中で語り尽くされていると思っていたのだが、どうもそうではないらしいな」
と少し残念そうにため息を吐いた。
「ひょっとするとあなたは、空が落ちてこないように支えていると言われるギリシャ神話のアトラスさんでは?」
俺がそう言うと、巨人が自尊心を満たされたようににっこりと笑って話を続けた。
「そうとも、私は随分前からギリシャから西の果てのここで空を支えているのだ」
ギリシャから西の果てが極東のアジアというのは随分おかしな話だな、と思って聞き返す。
「ここはギリシャから見てどちらかといえば東に位置してると思うのですが」
巨人は随分重いものを何千年も支え続けて、疲労困憊という様子で、言い返した。
「地球は丸いのだから、東であれ西であれ、いずれは西の果てになるだろうよ」
俺はふと疑問に思って聞き返した。
「地球が丸い、ということを理解しているなら、あなたはどうやって丸いものの上で空全体を支えているのですか?」
巨人は困ったような顔をしてこう答えた。
「ガリレオというやつが、地球は丸い、ということを証明してから、私も随分疑問だったんだ、ひょっとすると、俺のやっていることというのは、随分昔から無駄だったんじゃないか、と」
長門は、
「科学的見地で考えれば、あなたが空を支えなくても、空は落ちてこないということが理論的に証明できる」
といった。
「しかし、考えても見ろ、もし私が手を離して、万に一つ、いや、億に一つの可能性で空が落ちてきたとする。そしたらどうだ、ネット上で大炎上。新聞もテレビも、アトラスは何をやっていたんだ、と大バッシングの嵐、もうまともに社会では生きていけないだろう」
と伏し目がちに巨人は答えた。
「もし、仮に空が落ちてきたとしたら、人類は全滅、誰もあなたをバッシングしないのでは?」
と、助言をしてやるが、
「いや、自分でその引き金を引くかもしれない、という状況はどうしても怖くてね。それに人類は最近、冷戦というのでいつ世界が滅んでもおかしくないという状況にある、という話を聞いた。もう数百年もすれば、核兵器が世界中に発射されて人類は滅亡するかもしれない。これまで数千年、ここで空を支えてたんだ、あと数百年なんてちっぽけなものだろう。改めて、人類が滅んでから、空を支えるのをやめるかどうか、考えてみることにしようと思ってな。それに、給金も悪くないし」
俺は随分と、その冷戦は数十年前に終わった、ということを伝えるべきか否か、悩んだのだが、
「冷戦は30年近く前に終わっている」
と長門が言ったので、慌てて長門口を塞いだ。
「なんと、それじゃあ人類がいつ滅ぶかなんて、わかったものじゃないな…」
巨人はがっくりと肩を落とすと、ついでに高く掲げていた腕を下ろしてしまった。
巨人は「しまった!」と言って空を見上げたが一向に空が落ちてくる気配はなく、首を傾げながら二度、三度、空を撫でるように確認してから
「どうやらここ数千年の私の仕事は無駄だったらしい」
と悲しそうな顔をした。
「いや、少なくとも、地球が丸い、ということが証明されたのは、数百年前、あなたの無駄は、数百年ということでしょう、なら、先ほどの人類の滅亡を待つ期間分、得をしたと考えればいいんじゃないでしょうか」
と俺が慰めると、
「しかし、随分な虚業に時間を費やしたものだなぁ」
と、あっけらかんとした様子だった。
「とりあえず、職をなくしてしまったので、これから職安に行って仕事を探そうと思う。最寄りの職業安定所は、どのへんか、君たち知っているかね」
と尋ねるので、
「ここからだと、神奈川県川崎市川崎区南町の職業安定所が、距離的に一番近いと思われる」
と長門が答えた。
そうして長門と俺は、巨人の肩に乗せてもらって、一路川崎の職業安定所に向かって海を渡って行ったのだった。
川崎で巨人と別れて、電車で帰途についた俺たちは、いつもの駅前で地下世界の商店街から帰ってきたハルヒたちと、閉鎖空間でボロボロになった古泉と合流し、この巨人との遭遇譚を語って見せたのであるが、ハルヒは怪訝な顔をして、
「作り話なら、もうちょっと現実的な話を持ってきなさい!リアリティがないのよ!リアリティが!」
と怒り出した。職を失ったので職安に行くというくだりなどは、神話の巨人なのに随分現実的な話だ、と思ったのだが、ハルヒはお気に召さなかったようで、またしても俺は全員分のファミレス代を持つという罰ゲームに処される羽目になったわけである。
「長門有希の水陸における驚くべき旅行と出征と愉快な冒険」完
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