たぬきは人を化かすという。しかし、落ち着いて考えてみれば長門も人を化かすのである。
あれは寛永6年のことであったが、たぬきときつねの化かし合戦に長門が参加し、長門はイガグリから毘沙門天、果ては宇宙そのものにまで化けて見せ、もののけたちを大いに震え上がらせたものである。
宇宙そのものになった長門は、片手で天を、片手で地を指し「天上天下唯我独尊」と唱えたのだった。
明治150年に長門は棘の長いハリセンボンであった。そのトゲトゲはチクチクと痛いので、俺は随分難儀していた。しかし、腕のないハリセンボンでは本は読みにくいので、長門は困ってハリネズミに変化した。ハリネズミになった長門はよちよちと短い腕で本をめくって文字に向かって鼻をヒクヒク動かすのだった。
ハルヒは七変化を見せる長門を見ても、
「今日は暑いから、有希もハリセンボンやハリネズミにもなるわよね」
といつも通り不思議なことを認めない姿勢であった。
朝比奈さんは今日も美味しいお茶を淹れている。今日はカニの甲羅の粉末とアスパラガスの乾燥粉末を煮出し、湯飲みにチョコモナカジャンボを突き刺してそこに煮出した汁を注ぎ込むのだった。
「みなさん、お茶が入りましたよ」
朝比奈さんがチョコモナカジャンボの突き刺さった湯飲みを俺たちに順に配っていき、最後にハルヒの頭の上に湯飲みを載せるのだった。
古泉は俺とオセロに興じている。今日は珍しく古泉優勢で、古泉はすでにオセロの駒を34枚完食している。オセロの駒をバリバリ食べながら、俺はオレオを二つに分け、クリーム側を下にして盤面に叩きつけた。
「4、7歩ですか…」
と古泉が言った。それは将棋だろ。
「こんなに暇なのに、何もしないなんてのはSOS団の沽券にかかわるわ! 何かするわよ!」
とハルヒは熱湯に浸ったチョコモナカジャンボから垂れてきたバニラアイスで顔をべちゃべちゃにしながら叫び、立ち上がった勢いで頭の上の湯飲みが倒れ、カニとアスパラの出汁を顔面に被り「うあっちぃ!!!」っと叫ぶのだった。
その出汁のあまりの熱さに、ハルヒは頭からどろどろと溶けていき、紫色のスライム状生物になってしまった。
「参ったわね…」
とハルヒは言ったのだった。
「量子長門有希」完
2017年5月29日月曜日
2017年5月28日日曜日
ここが長門有希なら、きみは長門有希
俺は目がさめるとパリの凱旋門の前にいた。
状況が把握できないので、どういうことかわからなかったのだが、とりあえずハルヒのせいということにした。この世に起こる全ての厄災は、全てハルヒが望んだから起きるのであって、誰かに非があるわけではないのだ。先日、地球の8割が熱帯になって南極の氷が全て溶けて地上の4割が海に沈んだのも、ハルヒが冬の寒さに怒りを爆発させたからであるので、この仮説はかなりの信憑性が持てるように思える。
長門の宇宙人パワーで日本に帰ってくると、先日の南極融解によって、俺たちの住んでいる地域は全て海に沈んでしまっていたので、仕方なく俺は長門家に居候することにした。朝比奈さんと古泉も長門の家に居候する形になっている。機関では今回の南極融解事件を、未来人、超能力者陣営を抱え込むためにハルヒの力に見せかけた情報統合思念体の策略である、とする見方が大勢を占めているようであるが、それはいささかハルヒを贔屓した見方のように思う。今までだって「もっと近くで星が見てみたい」と言って隕石を呼び寄せてアメリカを消滅させたり、他にも「深海の世界って神秘的で素敵よね」と言った翌日にアフリカ大陸が全て地盤沈下を起こして深海に沈んだりしているので、それはいささか考えすぎというものだろう。
ハルヒは人間の命は尊重するかもしれないが、それは直接的に他人の死を願ったりしない、というだけで、副次的には人がたくさん死んでいるのだ。5億キロメートルの巨人が存在したとしたら、ちょっと疲れたから座ろうかな、と思って座った尻の下で、何千万人もの人間を押しつぶして殺してしまうということもあるだろう。ハルヒによる被害は、つまるところそういうものなのだ。
その間にも、ハルヒの願望によって蚊が絶滅させられ、生態系がめちゃくちゃになって鳥が死滅したり、とっとこハム太郎をみてハムスターにハマったハルヒが街をハムスターで溢れさせ、伝染病の媒介者となったハムスターによって日本の人口が1割まで減ったり、KGBから状況を知ったソ連がハルヒの家に向かって7万発の核ミサイルを打ち込んだり、カニの禁漁期間がなくなったり、ウニが三倍トゲトゲになったりしたのだった。
しかし朝比奈さんが
「いえ、これも規定事項ですから、そんなに心配することないですよ」
と言ったので、俺たちは安堵のため息を漏らすのだった。
「ここが長門有希なら、きみは長門有希」完
状況が把握できないので、どういうことかわからなかったのだが、とりあえずハルヒのせいということにした。この世に起こる全ての厄災は、全てハルヒが望んだから起きるのであって、誰かに非があるわけではないのだ。先日、地球の8割が熱帯になって南極の氷が全て溶けて地上の4割が海に沈んだのも、ハルヒが冬の寒さに怒りを爆発させたからであるので、この仮説はかなりの信憑性が持てるように思える。
長門の宇宙人パワーで日本に帰ってくると、先日の南極融解によって、俺たちの住んでいる地域は全て海に沈んでしまっていたので、仕方なく俺は長門家に居候することにした。朝比奈さんと古泉も長門の家に居候する形になっている。機関では今回の南極融解事件を、未来人、超能力者陣営を抱え込むためにハルヒの力に見せかけた情報統合思念体の策略である、とする見方が大勢を占めているようであるが、それはいささかハルヒを贔屓した見方のように思う。今までだって「もっと近くで星が見てみたい」と言って隕石を呼び寄せてアメリカを消滅させたり、他にも「深海の世界って神秘的で素敵よね」と言った翌日にアフリカ大陸が全て地盤沈下を起こして深海に沈んだりしているので、それはいささか考えすぎというものだろう。
ハルヒは人間の命は尊重するかもしれないが、それは直接的に他人の死を願ったりしない、というだけで、副次的には人がたくさん死んでいるのだ。5億キロメートルの巨人が存在したとしたら、ちょっと疲れたから座ろうかな、と思って座った尻の下で、何千万人もの人間を押しつぶして殺してしまうということもあるだろう。ハルヒによる被害は、つまるところそういうものなのだ。
その間にも、ハルヒの願望によって蚊が絶滅させられ、生態系がめちゃくちゃになって鳥が死滅したり、とっとこハム太郎をみてハムスターにハマったハルヒが街をハムスターで溢れさせ、伝染病の媒介者となったハムスターによって日本の人口が1割まで減ったり、KGBから状況を知ったソ連がハルヒの家に向かって7万発の核ミサイルを打ち込んだり、カニの禁漁期間がなくなったり、ウニが三倍トゲトゲになったりしたのだった。
しかし朝比奈さんが
「いえ、これも規定事項ですから、そんなに心配することないですよ」
と言ったので、俺たちは安堵のため息を漏らすのだった。
「ここが長門有希なら、きみは長門有希」完
稲妻よ、聖なる長門有希をめざせ!
長門は意外とたくさん食べる。お忘れかもしれないから、再確認の意味でもう一度言っておくが、長門は意外とたくさん食べるのである。
先日ラーメン二郎にSOS団のみんなで行ったのだが、その時の長門食べっぷりは、それはもうすごいものだった。映像でお伝えできないのが残念でならない。
ハルヒは大盛りを完食したものの自分の口から立ち上る強烈なニンニクの臭いによって死んでしまい。古泉は失神。朝比奈さんは小ラーメン半分を食べて、帰り際に路地裏で大量のゲロを吐いていた。電車でも吐いていたし、なんなら帰り際にさようなら、と手を振りながら吐いていた。谷口は「仰天動地だ…」と言っていた。
家で三点倒立をしながら天才バカボンを読んでいると、未来の朝比奈さんがやってきて「キョンくんに未来に行ってもらいます」と言ったので、ああ、俺は未来に行くのだな
、と思ったのだった。
朝比奈さんはおなじみのPTSDを使い、第三次非核戦争で多くの捕虜を尋問し銃剣で突き刺して殺した記憶のフラッシュバックに襲われ、俺の部屋の隅でカブトムシの幼虫のように丸まってゲロを吐きながらむせび泣いている。俺が三点倒立しながらどうしたものだろうと思案に暮れていると「情報の、えーと、なんかが、その、ポカリスエットは甘い。だから私の侵入を許す」と言って長門が窓から入ってきた。俺のプライバシーは一体どこに行ってしまったんだ。
「ポカリスエットを所望する」
と長門が言ったので、俺は仕方なく、一階の台所の冷蔵庫からポカリを出してきて、長門に与えたのだった。自分のゲロの上を散々苦悶の表情でのたうち回った朝比奈さん(大)は、今や息も絶え絶えになって、顔面に脂汗を浮かべながら全身の穴という穴から体液を垂れ流していたので、脱脂綿に含ませたポカリスエットを飲ませることにした。ちうちうと脱脂綿からポカリを吸う姿はちょっとした大きなカブトムシかカナブンといった感じであった。
長門はポカリを1.5リットル一気しながら、なにやら呪文のような言葉をつぶやくと、朝比奈さんは金色の光の粒子になって消えてしまった。
どうしてそんなことをしたんだ、と長門に問うと
「汚かったから…」
と答えた。確かにそうだが、女の子がそんなことを口に出していうべきではないぞ、長門よ。
俺たちはやることがないので、ハルヒの家に行った。ハルヒの家はお葬式の最中だったので、俺たちは特に何かするということもなく、お焼香をあげて帰ってきた。長門はずっとポカリを飲んでいた。
「稲妻よ、聖なる長門有希をめざせ!」完
2017年5月23日火曜日
長門有希の消失
事実は小説より寄なりというが、小説より寄にあふれた出来事があるならばどうか私の目の前に持って来てほしい。平々凡々とした生活を送り、小規模ながらも波瀾万丈に生きて来た俺は、やがて、涼宮ハルヒに出会った。
涼宮ハルヒは、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら私の所に来なさい、と言った。
宇宙人といえば、地球外生命体と早合点する、偏った頭の持ち主もいるであろうが、この宇宙に存在する人間、と考えれば、人間も宇宙人であるから、俺は涼宮に「あんた宇宙人?」と聞かれたときに、「そうだ」と答えた。
宇宙人といえば、地球人も含む宇宙全体に存在する人間のことを指すと考える、偏った頭の持ち主もいるであろうから説明しておくが、宇宙人というのはつまり、地球外生命体のことである。先日出会った長門有希という少女は、どうもその宇宙人に該当するものであったらしく、同じ宇宙人として親近感を感じたのか、やたらと俺に宇宙の秘密を教えてくれるのには、なんだか申し訳ない気分になってしまった。曰く「この地球の言語表記方式には、表記内に時間概念が存在せず、無駄が多い」「宇宙には未来完了形というものが存在しない、そんなものは存在しないから」「この地球には私たちのように多くの宇宙人が、自身の身分を隠して居住している。あなたはどこの惑星の出身?」など、俺にはチンプンカンプンだったが、なんだか申し訳ない気持ちになってしまった。
ところで、未来人といえば、未来からやって来たタイムトラベラーなどを安直に想像するテレビや映画を見すぎた夢見がちな輩もいるだろうが、時間というものが線形にベクトル的な方向性を持って進行している以上、今このとき、から数秒先の時間の自分は未来人であると言え、俺は「あんた未来人?」という涼宮の質問にも、「そうだ」と答えた。
ややあって知ることになるが、未来人といえば、現在の時間軸上に存在する自分から観測される未来の自分と考える、論理的に誤った思考をする者もいるだろうから説明しておくが、やはり未来人というのは未来からタイムマシンでやって来たタイムトラベラーを指すのである。朝比奈みくるという天使と形容しても天罰は当たらぬであろう美しい先輩は、先日来タイムマシンでこの時間に遡行して来た未来人であるらしく、この時代に一人ぼっちという境遇も手伝ってか、俺に様々な未来のことを話してしまったのも申し訳なかった。曰く「2045年問題の時は、大変でしたよね」「世界終末戦争で地上が全て焼け野原になって、雑草一本すら生存を許されない世界になった時、キョン君はどうしてましたか?大変でしたよね、あれ」「実は私、体の7割は生体機械で、ほとんどアンドロイドなんですよ、外見もアンチエイジングで処理してて、実は78歳なんです」などと様々な未来の知識を手に入れてしまった。最後の情報は、知らないでおきたかった、と思った。
超能力者というと、テレパシーであるとか、サイコキネシスであるとか、クレヤボヤンスのような分かりやすい超能力を想像する方も多いだろうからことわっておく必要があるだろうが、ミスターマリックが披露するマジックを超能力と呼称するのだから、やはり一種のタネのある手品を行う人を超能力者と呼称すべきであろう。故に、俺はハルヒに「あんた、超能力者?」と聞かれた時に、手から親指を取り外しながら「そうだ」と答え、ハルヒはたいそう驚いた様子だった。
超能力者というと、ミスターマリックのような手品師を想像する方もいるであろうから訂正しておくが、超能力者というのはつまり超常の力を用いる人のことである。小泉一樹という超能力者は、スプーンを曲げながら神人の居場所をクレヤボヤンスで透視し、空中浮遊を行いながら、人体発火現象を起こして真っ赤に光り、テレパシーで、(僕の名前は古泉で、小泉ではありません…)と訂正するのだった。もはや超能力のバーゲンセールだ。古泉は同じ超能力者として俺に親近感を覚え、異様に近い距離感で、超能力の秘密を洗いざらい説明してくれたのだった。どうやら、ハルヒに願われたから、小泉に超能力が備わっているらしい。(古泉です…)とまたもテレパシーで訂正を入れて来たので、俺は申し訳ない気持ちになってしまった。
ところで、神というと、キリスト教的な唯一神、インテリジェントデザイン説に存在する知性などの万能の存在を想像するような安直な思考の持ち主もいるだろうから、説明しておくが、人間の知覚範囲において、神とはつまり、自身のインナースペース、内面を統制する自身の意思に他ならない。つまり、小規模に、自分自身の内面のみを見るのであれば、この世の中に存在するすべての知性ある生き物は神である、と言っても過言でないのだ。俺はハルヒの「あんた、神?」という質問にも、肯定の意思を示した。
神というと、小規模な内面世界での随意存在である人間の精神的側面を指すような、視野狭窄に陥った者もいるであろうから改めて説明するが、神というのはつまり、全知全能かつ、強大な力を持ち、天罰も自由自在、なんなら、願えば生命ですらその手のひらの中に生み出せ、岩から生まれたサルなど、その手のひらのうちで弄び、指先を世界の果てと勘違いさせ、「斉天大聖」の直筆サインをいただくなど、操作もない存在のことを指すのである。というわけで、同じ神として、その身の上の苦労話を愚痴のように延々とハルヒは語るのであった。曰く、「キリストが処刑された時は、もう人間に慈悲を与えてもダメかと思ったが、なんとか自制した」「ノアが箱舟を作った時に、恐竜を載せなかったから恐竜が滅んでしまった」「ティラノサウルスとか超かっこいいじゃない」「宇宙開闢の際に宇宙と一緒に情報統合思念体も作った」「世界を四日で作っとけば金曜日も休みだった、失敗した」「体から毎日70リットルのワインと各種よりどりみどりのパンがあふれ出まくって、家がもうワインびたしの食パンだらけで困ってる」とか。
というわけで、自称宇宙人で未来人で超能力者で神な俺と、どう見ても宇宙人製アンドロイド、未来からやって来たご老人、超能力のバーゲンセール、そして神、とんでもないメンツの勢ぞろいしたSOS団は、すべての属性をお併せ持つと勘違いされた俺を中心に、今日も今日とて異世界人を探して街を徘徊するのであった。
これまでのこともあってか、さすがにハルヒに「あんた異世界人?」と聞かれた際には「いや、違うぞ」と答えた俺のささやかなる健闘を讃えてほしい。何事も、見つからない不思議というものは、一つぐらいあった方がいいのだ。
2017年5月12日金曜日
あなたの長門有希の物語 上
これがたったひとつの冴えたやりかた。 -ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア「たったひとつの冴えたやりかた」
サンタクロースをいつまで信じていたか、と言われると、どーでもいいことなので具体的には覚えていない。しかし、俺は心の底から、宇宙人や未来人や幽霊や妖怪や超能力や悪の組織が、ふらりと出てきてくれることを望んでいたのだ。しかし現実ってのは意外と厳しい。未来人も、幽霊も妖怪も超能力も悪の組織も存在しない。しかし、宇宙人はいる。俺は実際15年ほど人生を生きてきているわけであるが、いつだったかおばさんにつけられたキョンというあだ名以外、自分の名前を一切知覚することができないのだ。これは多分、宇宙人によるアブダクションで脳に植え付けられた金属チップが影響しているに違いない。
そんなことを頭の片隅で脳に刺激を与え続けるチップの傍らでぼんやりと考えながら、俺はたいした感慨もなく高校生になり––、
涼宮ハルヒと出会った。
記述がめんどくさいので脳に植え付けられたチップで俺の記憶が不安定になっている、ということにして、話は教室で担任の岡部が、みんなに自己紹介をしてもらおうと言ったところまで飛ぶ。俺は無難に自己紹介を済ませ、席に着いたのだった。
「東中学出身、涼宮ハルヒ」
お、俺の後ろの席の奴が“す”ずみや、という名前で、俺より前に中学の同級生だった国木田が自己紹介している、ということは、俺の名字はく〜すの間になる、ということだな。ということは、佐藤か鈴木の可能性が高いな。うん、俺の名字は佐藤か鈴木なのかもしれない。などということを考えていると、後ろの席の涼宮はとんでもないことをのたまったのだった。
「ただの人間には興味ありません。この中に、宇宙人、未来人、超能力者がいたら、私のところに来なさい。以上」
えらい美人がそこにいて、「ここ、笑うとこ?」と思った。
結論から言うと、それはギャグでも笑いどころでもなかった。
宇宙人以外はいない。俺は、そう思った。
そして話はゴールデンウィークまで飛ぶ。俺は小学の妹を連れて、田舎のバーさんちに行っていた。ゴールデンウィークに従兄弟連中で集まるのが家の年中行事なのだ。
そうして谷口のゴールデンウィーク明けの気力も萎えるようなやりとりをあしらいながら、高校へ続く地獄の坂道を登って行ったのだった。
「毎日髪型を変えるのは宇宙人対策か何かなのか?」
俺はなんの気の迷いか、ハルヒに話しかけてしまった。
「あんた、宇宙人?」
いや、違うが。
「じゃあ話しかけないで、時間の無駄だから」
と言ってそっぽを向いてしまった。
「私、曜日によって感じるイメージって、違うと思うのよね」
今度は急に話し出した。
「私、部活作るわ」
とハルヒが急に俺に言った、前後の記憶が曖昧なので、経緯はよくわからないが、確かにそう言った。多分言ったはずだ。「拙者、部活を作るでヤンス」だったかもしれないが、確かにそういう意味合いに取れることを言った。たぶん、そう言ったのだ。
というわけで、部活ができた。
部室には長門有希と言う文芸部に所属する女子生徒がいた。
彼女は「いい」と言った。実際のところ、彼女はよく「いい」と言う。あまり「わるい」とは言わないし「どちらとも言えないがややある」と言ったのは聞いたこともない。
なんか色々あって、本当に色々あったのだが、朝比奈みくる、という先輩が部員になった。そして、長門が本を貸してくれた。「夜は短し歩けよ乙女」と言う本だったのだが、巻末に住所が書いてあり、意を決した俺はその住所の宛先、朝倉涼子と文通を始めたのだった。後々これは長門が俺をおちょくるために、朝倉涼子の名前を騙って行った犯行であったと判明するのだが、それがわかるのは随分先の話になる。
長門からFAXで公園で待ってる的なことを送られたので、俺は素直に公園に向かうことにした。やや小走りだった。書くのを忘れていたが、先週とか先々週とかは、ハルヒがバニーガール姿で客引きをして補導されたり、野球大会をやったり、閉鎖空間に閉じ込められてハルヒとキスをしたり、色々あった。いや、野球大会はもうちょっと先の話だったかもしれない、まあ、とにかく色々あったのだ。
公園で待っていた長門に声をかけると、長門は家に来て欲しいと言った。どう考えても公園のワンクッションが無駄だ、と思ったが、言わなかった。あと、なんかの宗教とか、マルチまがい商法の勧誘っぽいな、とも思ったけど、それも言わなかった。
長門の家は、なんだかピカピカしていて、今まで見たこともないような金属でできており、アダムスキー型をした、円盤みたいな変な家だった。長門がインターホンを操作して指紋認証をし、瞳孔のチェックを終えると、ドアが開いた。なんか地面に対して、ぐわってせり出して開いて、宇宙人が降りてくるみたいなタイプのドアだな。
長門の案内で、俺は居間のこたつ机に座った。おそらく案内されたのだから居間か、客間だろう、と思ったのだが、横の手術台のような机の上には内臓を抜き取られた牛が転がっているし、背の高いグレイ型宇宙人が理解できない言語で牛の大腸を引っ張りながら議論をしているところを見ると、ひょっとするとここは居間ではないのかもしれない。
俺はいつの間にか、手術台のような物の上に固定されていた。
「説明が面倒だから、あなたの脳にチップを埋め込んで理解してもらう…」
人形のような顔で、注射のようなものを構える長門はそう言ったのだった。
「やれやれ、またか」
俺はアメリカ人みたいな仕草で少し肩をすくめる。腕に少しだけ痛みが走り、俺は意識を手放したのだった。
目を醒ますと、なんだか当社比で5倍くらい頭が良くなったような気がした。試しに2桁の暗算ができるかどうか試して見たが、22×42が一向に解ける気配がないので、どうやら頭が良くなったというのは錯覚らしい、ということがわかる程度には頭が良くなっていたことがわかった。
「情報統合思念体によって作られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースか」
俺は理解した内容を長門に伝える意味で、口に出して見た。
「それが長くてめんどくさかったから、アブダクションで伝えた」
と長門が言った。
「面倒くさいから今後それに対しては、アレと呼ぶことにする」
長門は随分と面倒くさがりのようだった。
「アレによって作られた対あれコンタクト用あれインターフェース、それが私」
随分略したな。
「あれ、ってのはどれのことだ?」
そう聞くと長門は俺を指差して
「それ」
と言うのだった。
「あの、あれが、あれで、その…あの…」
長門はなんだかボソボソと話したが、先ほど脳に埋め込まれたチップによって、長門言わんとしていることが次々と頭の中に浮かんてくる。なんと涼宮にそんな能力が。俺は大変驚いた。宇宙人なんてのは、ありふれた存在で、言ってしまえば宇宙に住んでいる以上、地球人だって宇宙人なのだ。と言うわけで、俺はそんなに驚かなかった。タオルさえ持っていれば、宇宙では何も困ることはないのだ。
その日は、長門の淹れてくれたなんとも形容しがたい液体を飲んで(ライチとプリンとサバの味噌煮をミキサーで混ぜたような味だった)帰った。
そんなわけで、翌日も長々と続く地獄のような坂道を登って学校へ向かった。神道的な観念で考えれば、登っていけば天国、降っていけば地獄へと行く構造になっているはずだが、登っているのに地獄とは、これいかに。谷口は失敗したナンパの話を陽気に国木田と俺に披露している。そういえばこいつは、初対面から異様に馴れ馴れしい奴だったが、よくよく考えるとひょうきんで気配りのできるいい奴なのかもしれないな。学年の女子全員をランク付けしてノートにまとめて名前を覚える、と言う変態行為を大っぴらにしてさえなければ、それなりにモテるのではなかろうか。などと、益もないことを考えながら、俺は無心で坂道を登った。
何事もなく授業が終わり、部室で朝比奈さんとオセロに興じていると、涼宮が転校生がやってきて不思議だ、などと言い出し、部室から飛び出して行ってしまった。
長門がオセロをやりたそうにこちらを見ているので、長門と交代することにした。
「ルールはわかるか?」
否定。
朝比奈さんと協力して長門にオセロのルールを説明していると、涼宮が転校生を連れてきた。
「即戦力の転校生!」
「古泉一樹です。」
そのイケメンは古泉一樹と名乗った。口頭なので古泉なのか小泉なのかイマイチ分からなかったが、確か、古泉だったと思う。
そうして、涼宮は、週末は不思議を探しに行く、と言った。多分、言ったはずだ。カナダにメープルシロップを採りに行く、とは言わなかったはずだ。カナダに行った記憶はない。あと遅刻したら死刑と言われた。
週末になると、俺たちは駅前に集まった。俺は遅刻の濡れ衣を着せられ、死刑に処せられた。グッバイハルヒ、フォーエバー。
ハルヒはくじ引きで班分けをする、と言った。ババ抜きかチキンレースか、血抜き麻雀だったかもしれないが、確かくじ引きだったと思う。俺はティッシュ箱に入れたくじに折り目をつけることで、涼宮とのチームを避け、なんと朝比奈さんと一緒になった。
「マジデートじゃないのよ!遊んでたら殺すからね!」
と涼宮に言われた。
朝比奈さんとの甘酸っぱい柑橘系の匂いのするような散歩の後、俺たちはベンチに座って、将来の夢について話した。朝比奈さんは自分のことを未来人だ、と言ったが、未来人などいる訳がないので信じなかった。頑なに信じなかったら、朝比奈さんは未来人であることを証明する、と言って道端に停めてあったデロリアンに乗り込もうとしたが、それは窃盗罪にあたるので、無理やり止めた。
「あれは私の車で、タイムマシンなんですよ」
と必死に訴えるのだが、朝比奈さんの年齢で免許を持っているはずもない。
朝比奈さん、歳いくつ?と聞いたら
「禁則事項です」
と答えた。
午後も班分けが行われ、俺は長門と一緒になった。
確かこの時の班分けは血抜き麻雀で決めて、半荘六回戦の闘牌で19年もの年月がかかったような気がするのだが、ひょっとすると俺の覚え違いであったかもしれない。
長門と一緒にどこかに行く、となったら、どこに行くべきであろうか。
そういえば言っていなかったが、長門はどうやら本を読むのが好きなようなので、一緒に図書館に行くことにした。
長門は
「いい」
と言った。その時は肯定の意味ととったのだが、ひょっとすると、あの「いい」は「行かなくていい」という否定の意味合いであったのかもしれない。
長門は図書館に着くと、延々と電話帳を読んでいた。
俺は長門の横で、大量に並ぶ名前と電話番号を眺めていたのだが、気がついたら眠ってしまっていたようだった。ハルヒからの電話で目が覚めた。
大変おかんむりのようだったので俺と長門は急いで図書館を出ることにした、しかし長門は電話帳を離すことをしなかったので、仕方なく俺は長門の図書カードを作ってやり、こと無きを得ることになった。長門が住所を金星のもので書いたので、えらい時間を食ったのだが、まあなんとかなった。図書館の司書さんは、長門が延滞をした時に取り立てるために、今後頑張って金星へのアクセス手段を確保しなければならない訳で、なんだか申し訳なくなってしまった。
結局また駅前に集まって、怒髪天を突くがごとく怒り狂ったハルヒに遊んでいたと判定されてしまったため俺は殺されてしまい、ここからは俺は幽霊として話が進んで行く訳だ。冒頭に否定した話だが、幽霊もいるじゃん、と思った。いや、これは嘘だ。
「あなたの長門有希の物語 上」完
サンタクロースをいつまで信じていたか、と言われると、どーでもいいことなので具体的には覚えていない。しかし、俺は心の底から、宇宙人や未来人や幽霊や妖怪や超能力や悪の組織が、ふらりと出てきてくれることを望んでいたのだ。しかし現実ってのは意外と厳しい。未来人も、幽霊も妖怪も超能力も悪の組織も存在しない。しかし、宇宙人はいる。俺は実際15年ほど人生を生きてきているわけであるが、いつだったかおばさんにつけられたキョンというあだ名以外、自分の名前を一切知覚することができないのだ。これは多分、宇宙人によるアブダクションで脳に植え付けられた金属チップが影響しているに違いない。
そんなことを頭の片隅で脳に刺激を与え続けるチップの傍らでぼんやりと考えながら、俺はたいした感慨もなく高校生になり––、
涼宮ハルヒと出会った。
記述がめんどくさいので脳に植え付けられたチップで俺の記憶が不安定になっている、ということにして、話は教室で担任の岡部が、みんなに自己紹介をしてもらおうと言ったところまで飛ぶ。俺は無難に自己紹介を済ませ、席に着いたのだった。
「東中学出身、涼宮ハルヒ」
お、俺の後ろの席の奴が“す”ずみや、という名前で、俺より前に中学の同級生だった国木田が自己紹介している、ということは、俺の名字はく〜すの間になる、ということだな。ということは、佐藤か鈴木の可能性が高いな。うん、俺の名字は佐藤か鈴木なのかもしれない。などということを考えていると、後ろの席の涼宮はとんでもないことをのたまったのだった。
「ただの人間には興味ありません。この中に、宇宙人、未来人、超能力者がいたら、私のところに来なさい。以上」
えらい美人がそこにいて、「ここ、笑うとこ?」と思った。
結論から言うと、それはギャグでも笑いどころでもなかった。
宇宙人以外はいない。俺は、そう思った。
そして話はゴールデンウィークまで飛ぶ。俺は小学の妹を連れて、田舎のバーさんちに行っていた。ゴールデンウィークに従兄弟連中で集まるのが家の年中行事なのだ。
そうして谷口のゴールデンウィーク明けの気力も萎えるようなやりとりをあしらいながら、高校へ続く地獄の坂道を登って行ったのだった。
「毎日髪型を変えるのは宇宙人対策か何かなのか?」
俺はなんの気の迷いか、ハルヒに話しかけてしまった。
「あんた、宇宙人?」
いや、違うが。
「じゃあ話しかけないで、時間の無駄だから」
と言ってそっぽを向いてしまった。
「私、曜日によって感じるイメージって、違うと思うのよね」
今度は急に話し出した。
「私、部活作るわ」
とハルヒが急に俺に言った、前後の記憶が曖昧なので、経緯はよくわからないが、確かにそう言った。多分言ったはずだ。「拙者、部活を作るでヤンス」だったかもしれないが、確かにそういう意味合いに取れることを言った。たぶん、そう言ったのだ。
というわけで、部活ができた。
部室には長門有希と言う文芸部に所属する女子生徒がいた。
彼女は「いい」と言った。実際のところ、彼女はよく「いい」と言う。あまり「わるい」とは言わないし「どちらとも言えないがややある」と言ったのは聞いたこともない。
なんか色々あって、本当に色々あったのだが、朝比奈みくる、という先輩が部員になった。そして、長門が本を貸してくれた。「夜は短し歩けよ乙女」と言う本だったのだが、巻末に住所が書いてあり、意を決した俺はその住所の宛先、朝倉涼子と文通を始めたのだった。後々これは長門が俺をおちょくるために、朝倉涼子の名前を騙って行った犯行であったと判明するのだが、それがわかるのは随分先の話になる。
長門からFAXで公園で待ってる的なことを送られたので、俺は素直に公園に向かうことにした。やや小走りだった。書くのを忘れていたが、先週とか先々週とかは、ハルヒがバニーガール姿で客引きをして補導されたり、野球大会をやったり、閉鎖空間に閉じ込められてハルヒとキスをしたり、色々あった。いや、野球大会はもうちょっと先の話だったかもしれない、まあ、とにかく色々あったのだ。
公園で待っていた長門に声をかけると、長門は家に来て欲しいと言った。どう考えても公園のワンクッションが無駄だ、と思ったが、言わなかった。あと、なんかの宗教とか、マルチまがい商法の勧誘っぽいな、とも思ったけど、それも言わなかった。
長門の家は、なんだかピカピカしていて、今まで見たこともないような金属でできており、アダムスキー型をした、円盤みたいな変な家だった。長門がインターホンを操作して指紋認証をし、瞳孔のチェックを終えると、ドアが開いた。なんか地面に対して、ぐわってせり出して開いて、宇宙人が降りてくるみたいなタイプのドアだな。
長門の案内で、俺は居間のこたつ机に座った。おそらく案内されたのだから居間か、客間だろう、と思ったのだが、横の手術台のような机の上には内臓を抜き取られた牛が転がっているし、背の高いグレイ型宇宙人が理解できない言語で牛の大腸を引っ張りながら議論をしているところを見ると、ひょっとするとここは居間ではないのかもしれない。
俺はいつの間にか、手術台のような物の上に固定されていた。
「説明が面倒だから、あなたの脳にチップを埋め込んで理解してもらう…」
人形のような顔で、注射のようなものを構える長門はそう言ったのだった。
「やれやれ、またか」
俺はアメリカ人みたいな仕草で少し肩をすくめる。腕に少しだけ痛みが走り、俺は意識を手放したのだった。
目を醒ますと、なんだか当社比で5倍くらい頭が良くなったような気がした。試しに2桁の暗算ができるかどうか試して見たが、22×42が一向に解ける気配がないので、どうやら頭が良くなったというのは錯覚らしい、ということがわかる程度には頭が良くなっていたことがわかった。
「情報統合思念体によって作られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースか」
俺は理解した内容を長門に伝える意味で、口に出して見た。
「それが長くてめんどくさかったから、アブダクションで伝えた」
と長門が言った。
「面倒くさいから今後それに対しては、アレと呼ぶことにする」
長門は随分と面倒くさがりのようだった。
「アレによって作られた対あれコンタクト用あれインターフェース、それが私」
随分略したな。
「あれ、ってのはどれのことだ?」
そう聞くと長門は俺を指差して
「それ」
と言うのだった。
「あの、あれが、あれで、その…あの…」
長門はなんだかボソボソと話したが、先ほど脳に埋め込まれたチップによって、長門言わんとしていることが次々と頭の中に浮かんてくる。なんと涼宮にそんな能力が。俺は大変驚いた。宇宙人なんてのは、ありふれた存在で、言ってしまえば宇宙に住んでいる以上、地球人だって宇宙人なのだ。と言うわけで、俺はそんなに驚かなかった。タオルさえ持っていれば、宇宙では何も困ることはないのだ。
その日は、長門の淹れてくれたなんとも形容しがたい液体を飲んで(ライチとプリンとサバの味噌煮をミキサーで混ぜたような味だった)帰った。
そんなわけで、翌日も長々と続く地獄のような坂道を登って学校へ向かった。神道的な観念で考えれば、登っていけば天国、降っていけば地獄へと行く構造になっているはずだが、登っているのに地獄とは、これいかに。谷口は失敗したナンパの話を陽気に国木田と俺に披露している。そういえばこいつは、初対面から異様に馴れ馴れしい奴だったが、よくよく考えるとひょうきんで気配りのできるいい奴なのかもしれないな。学年の女子全員をランク付けしてノートにまとめて名前を覚える、と言う変態行為を大っぴらにしてさえなければ、それなりにモテるのではなかろうか。などと、益もないことを考えながら、俺は無心で坂道を登った。
何事もなく授業が終わり、部室で朝比奈さんとオセロに興じていると、涼宮が転校生がやってきて不思議だ、などと言い出し、部室から飛び出して行ってしまった。
長門がオセロをやりたそうにこちらを見ているので、長門と交代することにした。
「ルールはわかるか?」
否定。
朝比奈さんと協力して長門にオセロのルールを説明していると、涼宮が転校生を連れてきた。
「即戦力の転校生!」
「古泉一樹です。」
そのイケメンは古泉一樹と名乗った。口頭なので古泉なのか小泉なのかイマイチ分からなかったが、確か、古泉だったと思う。
そうして、涼宮は、週末は不思議を探しに行く、と言った。多分、言ったはずだ。カナダにメープルシロップを採りに行く、とは言わなかったはずだ。カナダに行った記憶はない。あと遅刻したら死刑と言われた。
週末になると、俺たちは駅前に集まった。俺は遅刻の濡れ衣を着せられ、死刑に処せられた。グッバイハルヒ、フォーエバー。
ハルヒはくじ引きで班分けをする、と言った。ババ抜きかチキンレースか、血抜き麻雀だったかもしれないが、確かくじ引きだったと思う。俺はティッシュ箱に入れたくじに折り目をつけることで、涼宮とのチームを避け、なんと朝比奈さんと一緒になった。
「マジデートじゃないのよ!遊んでたら殺すからね!」
と涼宮に言われた。
朝比奈さんとの甘酸っぱい柑橘系の匂いのするような散歩の後、俺たちはベンチに座って、将来の夢について話した。朝比奈さんは自分のことを未来人だ、と言ったが、未来人などいる訳がないので信じなかった。頑なに信じなかったら、朝比奈さんは未来人であることを証明する、と言って道端に停めてあったデロリアンに乗り込もうとしたが、それは窃盗罪にあたるので、無理やり止めた。
「あれは私の車で、タイムマシンなんですよ」
と必死に訴えるのだが、朝比奈さんの年齢で免許を持っているはずもない。
朝比奈さん、歳いくつ?と聞いたら
「禁則事項です」
と答えた。
午後も班分けが行われ、俺は長門と一緒になった。
確かこの時の班分けは血抜き麻雀で決めて、半荘六回戦の闘牌で19年もの年月がかかったような気がするのだが、ひょっとすると俺の覚え違いであったかもしれない。
長門と一緒にどこかに行く、となったら、どこに行くべきであろうか。
そういえば言っていなかったが、長門はどうやら本を読むのが好きなようなので、一緒に図書館に行くことにした。
長門は
「いい」
と言った。その時は肯定の意味ととったのだが、ひょっとすると、あの「いい」は「行かなくていい」という否定の意味合いであったのかもしれない。
長門は図書館に着くと、延々と電話帳を読んでいた。
俺は長門の横で、大量に並ぶ名前と電話番号を眺めていたのだが、気がついたら眠ってしまっていたようだった。ハルヒからの電話で目が覚めた。
大変おかんむりのようだったので俺と長門は急いで図書館を出ることにした、しかし長門は電話帳を離すことをしなかったので、仕方なく俺は長門の図書カードを作ってやり、こと無きを得ることになった。長門が住所を金星のもので書いたので、えらい時間を食ったのだが、まあなんとかなった。図書館の司書さんは、長門が延滞をした時に取り立てるために、今後頑張って金星へのアクセス手段を確保しなければならない訳で、なんだか申し訳なくなってしまった。
結局また駅前に集まって、怒髪天を突くがごとく怒り狂ったハルヒに遊んでいたと判定されてしまったため俺は殺されてしまい、ここからは俺は幽霊として話が進んで行く訳だ。冒頭に否定した話だが、幽霊もいるじゃん、と思った。いや、これは嘘だ。
「あなたの長門有希の物語 上」完
2017年5月11日木曜日
いさましい長門有希のトースター火星に行く
「ちょっ!いた!痛い!やめて有希!!」
なぜハルヒが珍しくそんな声を上げているかというと、長門がウニでハルヒを殴っているからだ。
「長門、いくらハルヒに「いさましいちびのトースター火星に行く」はSFというより児童文学、と言われたからってウニで殴ることはないだろ」
長門は無表情のまま、ウニをハルヒに叩きつけている、
「いさましいちびのトースターは純粋なSF、訂正してほしい」
ウニのトゲがハルヒの頰に突き刺さり鮮血が飛び散っている。
朝比奈さんは困ったように右往左往し、古泉は「おやおや、困ったものです」などとおきまりのセリフを吐いて、傍観に回っている。
「わかっ…いたっ!わかったから有希、あやま痛い痛い!!謝るから!!」
こんなに狼狽したハルヒを見るのも珍しい。
「謝るのではない、しっかりと読んで、訂正してほしい」
長門はウニで殴るのをやめない。
「いたっ!ちょっ!やめ!ヤメロー!!!」
そんな、うららかな春の、青春の1ページであったとさ。
「いさましい長門有希のトースター火星に行く」完
なぜハルヒが珍しくそんな声を上げているかというと、長門がウニでハルヒを殴っているからだ。
「長門、いくらハルヒに「いさましいちびのトースター火星に行く」はSFというより児童文学、と言われたからってウニで殴ることはないだろ」
長門は無表情のまま、ウニをハルヒに叩きつけている、
「いさましいちびのトースターは純粋なSF、訂正してほしい」
ウニのトゲがハルヒの頰に突き刺さり鮮血が飛び散っている。
朝比奈さんは困ったように右往左往し、古泉は「おやおや、困ったものです」などとおきまりのセリフを吐いて、傍観に回っている。
「わかっ…いたっ!わかったから有希、あやま痛い痛い!!謝るから!!」
こんなに狼狽したハルヒを見るのも珍しい。
「謝るのではない、しっかりと読んで、訂正してほしい」
長門はウニで殴るのをやめない。
「いたっ!ちょっ!やめ!ヤメロー!!!」
そんな、うららかな春の、青春の1ページであったとさ。
「いさましい長門有希のトースター火星に行く」完
2017年5月10日水曜日
グッドナイト・スイート長門有希
「私はここにいる」とハルヒが学校の校庭にメッセージを発して、何事もなく三年が過ぎ、奴は何も変わることもなく高校に入学したかのように思われるかもしれないが、少なくとも、機関、未来人、情報統合思念体はその存在に気づいたわけである。無論、他の存在が寄ってきていたとしてもおかしくない、むしろ大量の超能力者、未来人、宇宙人のトーナメント式のデスマッチの末に厳選されたのがあの三勢力と考えた方が、幾分も自然だ。異世界人なんかは、ひょっとしたらそのトーナメント中に不慮の事故で全滅してしまったのかもしれない。未だに異世界人が出てきていないのにも納得のものがある。ドラえもんやマーティーとしのぎを削る朝比奈さんや、エイリアンやプレデターと格闘する長門、肉の塊と化した鉄雄やギガロマニアックスをかいくぐり、超電磁砲をバットで打ち返すなどの八面六臂の大活躍をする古泉など、実際見てみたいものである。と言うよりも、俺やハルヒが気づいてないだけで、裏では有象無象の宇宙人や未来人や超能力者が、長門たちによってバッタバッタとなぎ倒されているのかもしれない。実際佐々木を取り巻く奴らはそう言う性質の奴らだったし、そう言う奴らが俺の知らないところにいるとしても、何ら不思議はないわけだ。
そんなことを考えてながら、一人部室でぼんやりしていると、赤紫色の液体にまみれた長門が部室にやってきた。どうしたんだ、長門。
「蒲田で巨大恐竜と格闘してきた」
そうか、タオル、確か朝比奈さんのロッカーにあったから、これ使って拭いておけよ。
「恩にきる」
長門が恩にきるとは、やはり長門も人間的な感情を手に入れてきた、と言うことなのだろうか。長門の髪の毛をワシャワシャと拭いてやっていると、窓ガラスを突き破ってボロボロの古泉が部室に飛び込んできた。
「いやぁすいません、まさか10倍界王拳まで使えたとは、予想外でした。もう一度行ってきます。」
そう言うと古泉は俺の返事も待たず、窓から飛び出して行ってしまった。せめて窓ガラスを片付けてから行け!
まったく、とブツブツ言いながら、ほうきを取り出して飛び散ったガラスをまとめていると、今度は複数の朝比奈さんがぞろぞろと部室にやってきた。
「実は明日の宿題が終わりそうにないので、数時間おきの未来の私に協力してもらうんです」
と言っていたが、よく考えたら明日の朝比奈さんを連れて来れば問題の答えはわかるのではなかろうか、と言う話は野暮なので言わなかった。そもそもこんな行動に出ている時点で、明日宿題が終わっていると言う保証はない訳だしな。
「あーあ、つまんない、どこかに不思議が落っこちてないかしら」
珍しくハルヒが普通にドアを開けてやってきた。ハルヒが部室に登場するたびにタックルで粉砕するドアの修理費を真面目に計算した結果、ハルヒが一切ドアを粉砕していなければサターンロケットの開発費を賄えたという長門が出した試算を見て、少しは反省したようである。
「ねえキョン、どっかに不思議、落ちてないかしら」
そんなことを言われても、長門が未確認生命体の返り血を浴びて部室にやってくることもしょっちゅうだし、古泉がサイヤ人と格闘しているなんてのも、ありふれた当たり前の風景であるし、朝比奈さんが軽率に異時間同位体を連れてきて増えるのも、ハルヒには朝比奈さんは実は42つ子の大家族である、と言う説明でごまかしてしまったので、不思議でもなんでもない。
俺は困ったように長門を見ると、長門は長門で現在エイリアンとの取っ組み合いの大激闘を繰り広げているので、助けを求めようもない。長門、エイリアンの腕を引きちぎるのは外でやりなさい、返り血がこっちにも飛んでくるから。
「はー、結局、世の中には不思議なんてものは一個もないのよね、もうSOS団やめちゃおっかな…」
ハルヒがそう言うと、団員3名が異様な焦りを見せ、長門は即座にエイリアンをかけらも残らないほどズタズタに引き裂いて始末し、窓際の椅子に座ってゲームボーイを始めた。
「あ!有希がゲームボーイしてる!不思議だわ!」
古泉は5億倍界王拳からのデコピンでサイヤ人を弾き飛ばし、部室に戻るとオセロの盤をひたいに乗せながら、逆立ちをしてスクワットを始めた。
「え?古泉くん!?それ物理的にどうなってるの!?不思議だわ!!!!」
朝比奈さんは異時間同位体を全員未来に帰すと、ガチャピンの着ぐるみを着てスキーを始めた。
「え!?ガチャピン!?キョン!ガチャピンがいるわ!!!!!!不思議!!!!!!」
そんなハルヒを見て、俺はつくづく思った。
「ハルヒ、俺はやっぱり、SOS団をやっててよかったと思うよ。もう、SOS団を辞めるなんて言わないでくれよ、お前あってのSOS団なんだからな」
よし、かっこよく決まったじゃないか、このかっこよさにはハルヒも、朝比奈さんも一発でノックアウトされるに違いない。
「え?キョンが変なこと言ってる!!!不思議だわ!!!!」
やれやれだ。
「グッドナイト・スイート長門有希」完
そんなことを考えてながら、一人部室でぼんやりしていると、赤紫色の液体にまみれた長門が部室にやってきた。どうしたんだ、長門。
「蒲田で巨大恐竜と格闘してきた」
そうか、タオル、確か朝比奈さんのロッカーにあったから、これ使って拭いておけよ。
「恩にきる」
長門が恩にきるとは、やはり長門も人間的な感情を手に入れてきた、と言うことなのだろうか。長門の髪の毛をワシャワシャと拭いてやっていると、窓ガラスを突き破ってボロボロの古泉が部室に飛び込んできた。
「いやぁすいません、まさか10倍界王拳まで使えたとは、予想外でした。もう一度行ってきます。」
そう言うと古泉は俺の返事も待たず、窓から飛び出して行ってしまった。せめて窓ガラスを片付けてから行け!
まったく、とブツブツ言いながら、ほうきを取り出して飛び散ったガラスをまとめていると、今度は複数の朝比奈さんがぞろぞろと部室にやってきた。
「実は明日の宿題が終わりそうにないので、数時間おきの未来の私に協力してもらうんです」
と言っていたが、よく考えたら明日の朝比奈さんを連れて来れば問題の答えはわかるのではなかろうか、と言う話は野暮なので言わなかった。そもそもこんな行動に出ている時点で、明日宿題が終わっていると言う保証はない訳だしな。
「あーあ、つまんない、どこかに不思議が落っこちてないかしら」
珍しくハルヒが普通にドアを開けてやってきた。ハルヒが部室に登場するたびにタックルで粉砕するドアの修理費を真面目に計算した結果、ハルヒが一切ドアを粉砕していなければサターンロケットの開発費を賄えたという長門が出した試算を見て、少しは反省したようである。
「ねえキョン、どっかに不思議、落ちてないかしら」
そんなことを言われても、長門が未確認生命体の返り血を浴びて部室にやってくることもしょっちゅうだし、古泉がサイヤ人と格闘しているなんてのも、ありふれた当たり前の風景であるし、朝比奈さんが軽率に異時間同位体を連れてきて増えるのも、ハルヒには朝比奈さんは実は42つ子の大家族である、と言う説明でごまかしてしまったので、不思議でもなんでもない。
俺は困ったように長門を見ると、長門は長門で現在エイリアンとの取っ組み合いの大激闘を繰り広げているので、助けを求めようもない。長門、エイリアンの腕を引きちぎるのは外でやりなさい、返り血がこっちにも飛んでくるから。
「はー、結局、世の中には不思議なんてものは一個もないのよね、もうSOS団やめちゃおっかな…」
ハルヒがそう言うと、団員3名が異様な焦りを見せ、長門は即座にエイリアンをかけらも残らないほどズタズタに引き裂いて始末し、窓際の椅子に座ってゲームボーイを始めた。
「あ!有希がゲームボーイしてる!不思議だわ!」
古泉は5億倍界王拳からのデコピンでサイヤ人を弾き飛ばし、部室に戻るとオセロの盤をひたいに乗せながら、逆立ちをしてスクワットを始めた。
「え?古泉くん!?それ物理的にどうなってるの!?不思議だわ!!!!」
朝比奈さんは異時間同位体を全員未来に帰すと、ガチャピンの着ぐるみを着てスキーを始めた。
「え!?ガチャピン!?キョン!ガチャピンがいるわ!!!!!!不思議!!!!!!」
そんなハルヒを見て、俺はつくづく思った。
「ハルヒ、俺はやっぱり、SOS団をやっててよかったと思うよ。もう、SOS団を辞めるなんて言わないでくれよ、お前あってのSOS団なんだからな」
よし、かっこよく決まったじゃないか、このかっこよさにはハルヒも、朝比奈さんも一発でノックアウトされるに違いない。
「え?キョンが変なこと言ってる!!!不思議だわ!!!!」
やれやれだ。
「グッドナイト・スイート長門有希」完
2017年5月9日火曜日
わが赴くは長門有希の群
ある朝、グレゴール・ザムザがなにか胸騒ぎのする夢からさめると、ベットのなかの自分が一匹のばかでかい毒虫に変わってしまっているのに気がついた、というのは有名な小説の冒頭であるが、俺は、なにやら胸騒ぎのする夢から覚めると、なにやら体に違和感を覚え、洗面所へ行って鏡の前で自分の顔をペタペタと触ってみるが、これはどうも、いや、どうみても、凡庸な俺の顔とは似ても似つかない整ったものであったので、これはどういうことだろうとまじまじと見てみると俺はどうやら長門有希に変わってしまっていることに気づいた。今日は珍しく妹が起こしに来なかったので難を逃れたが、もしこれが家族にバレたら愛しい息子が女になってしまったということで、後生大事に箱入り娘として育てられてしまうことは容易に想像できたので、俺は親や妹が起き出さないうちにこっそりと家を出て、長門のマンションへ向かった。
「入って」と言う長門の無機質な声は随分と俺に安堵感を与えた。どうやら俺が長門に変わってしまっても、長門は依然長門のままであった。これで俺の顔をした長門が、こんな高級マンションで一人暮らしをしていたとなったら、随分長門の境遇がいたたまれない。いや、谷口になるよりは幾分かマシだろうが、それにしたって、俺が部室の片隅で黙々と小説を読んでいる姿というのは想像できない。
いつぞやの時のように、長門はお茶を入れて対面に座った。
「長門、どういうことだか、お前は知っているか?」
と俺が問うと、長門は
「知らない」
と答えた。
そうか、知らないのか。早速暗礁に乗り上げたな。
「ただ…原因があるとすれば…」
「ハルヒか…」
しかし、一体なんだって、ハルヒは俺が長門になることを望んだんだ。しかも二人長門がいたとして、何になるというのだ。もし長門が二人いたとしたら、俺としてはそれはそれは頼もしいものがあるだろうが、何しろ片方の中身は俺なのだ、こちらに関しては、頼りにならないことは折り紙つきだ。
「危機が迫るとしたら、まず、あなた」
そうだったのか。
「とりあえず、どうすれば元に戻れるんだ」
長門は困ったような顔をして
「わからない」
と答えた。俺もわからない。
そしてわからないままに俺は、長門有希として学校に登校することになった。
長門が言うには、俺の姿はハルヒのトンデモ能力によって改変されているため、長門の情報改変能力では干渉ができない、とのことであったので、長門が俺の姿になって、言うなれば入れ替わって生活することになったのだ。
そんなこんなで、600年ほどの年月が流れただろうか。
長門有希になった俺は歳をとることもなく、その間にハルヒが死んだり、時間平面移動をしていない朝比奈さんの誕生に立ち会ったり、古泉が閉鎖空間で「ふんもっふ」と言ったり、色々あった。俺と長門は相変わらず高校へ登校し、代わり映えのない高校生活を過ごしている。俺は長門有希として過ごしているので、「そう」と「いい」と「待つがよい」と言う長門おきまりのセリフも随分板についてきた頃だ。
朝比奈さんの時代の未来人の過ちのせいで、地表の8割は焼け野原になり、人類はそのほとんどが死に絶えてしまった。
結局俺が長門になってしまった原因はわからないまま、ただ時間だけが過ぎて行った。
そうして55億年の年月が流れた。赤く、大きく燃える太陽が、まるで目と鼻の先にあるように感じる。俺は、長門と一緒に、地球の終焉を見守った。
随分前に人類も、そして地球上の生物全てが死滅してしまったのだが、こうして太陽系の歴史は誰にも見守られなかった、と言うことはなく、俺たち二人に見守られて、ゆっくりとその生を終えたのだった。
「わが赴くは長門有希の群」完
「入って」と言う長門の無機質な声は随分と俺に安堵感を与えた。どうやら俺が長門に変わってしまっても、長門は依然長門のままであった。これで俺の顔をした長門が、こんな高級マンションで一人暮らしをしていたとなったら、随分長門の境遇がいたたまれない。いや、谷口になるよりは幾分かマシだろうが、それにしたって、俺が部室の片隅で黙々と小説を読んでいる姿というのは想像できない。
いつぞやの時のように、長門はお茶を入れて対面に座った。
「長門、どういうことだか、お前は知っているか?」
と俺が問うと、長門は
「知らない」
と答えた。
そうか、知らないのか。早速暗礁に乗り上げたな。
「ただ…原因があるとすれば…」
「ハルヒか…」
しかし、一体なんだって、ハルヒは俺が長門になることを望んだんだ。しかも二人長門がいたとして、何になるというのだ。もし長門が二人いたとしたら、俺としてはそれはそれは頼もしいものがあるだろうが、何しろ片方の中身は俺なのだ、こちらに関しては、頼りにならないことは折り紙つきだ。
「危機が迫るとしたら、まず、あなた」
そうだったのか。
「とりあえず、どうすれば元に戻れるんだ」
長門は困ったような顔をして
「わからない」
と答えた。俺もわからない。
そしてわからないままに俺は、長門有希として学校に登校することになった。
長門が言うには、俺の姿はハルヒのトンデモ能力によって改変されているため、長門の情報改変能力では干渉ができない、とのことであったので、長門が俺の姿になって、言うなれば入れ替わって生活することになったのだ。
そんなこんなで、600年ほどの年月が流れただろうか。
長門有希になった俺は歳をとることもなく、その間にハルヒが死んだり、時間平面移動をしていない朝比奈さんの誕生に立ち会ったり、古泉が閉鎖空間で「ふんもっふ」と言ったり、色々あった。俺と長門は相変わらず高校へ登校し、代わり映えのない高校生活を過ごしている。俺は長門有希として過ごしているので、「そう」と「いい」と「待つがよい」と言う長門おきまりのセリフも随分板についてきた頃だ。
朝比奈さんの時代の未来人の過ちのせいで、地表の8割は焼け野原になり、人類はそのほとんどが死に絶えてしまった。
結局俺が長門になってしまった原因はわからないまま、ただ時間だけが過ぎて行った。
そうして55億年の年月が流れた。赤く、大きく燃える太陽が、まるで目と鼻の先にあるように感じる。俺は、長門と一緒に、地球の終焉を見守った。
随分前に人類も、そして地球上の生物全てが死滅してしまったのだが、こうして太陽系の歴史は誰にも見守られなかった、と言うことはなく、俺たち二人に見守られて、ゆっくりとその生を終えたのだった。
「わが赴くは長門有希の群」完
2017年5月6日土曜日
オールユーニードイズ長門有希
朝比奈さんたち未来人の目的は、なんだったであろうか。長門達は自立進化の可能性、古泉達は世界の平穏と、崩壊の危機の回避という目的があったはずだ。確か未来人陣営は時空震動の原因がハルヒで、それを調査に来たんだったか?いや、待てよ、そう考えると少しおかしいな、整理してみよう。
あの時の朝比奈さんのセリフはこうだ。『三年前。大きな時間振動が検出されたの。ああうん、今の時間から数えて三年前ね。キョン君や涼宮さんが中学生になった頃の時代。調査するために過去に飛んだ我々は驚いた。どうやってもそれ以上の過去に遡ることができなかったから』ということは、原因の調査は朝比奈さん達の目的ではなさそうだ。その後、時間の歪みの中心にハルヒがいた、と言っていることからも、朝比奈さん達は時空振動の原因をハルヒと断定して行動しているわけだ。
思い出した、朝比奈さんの目的を長門に説明してもらったことがある。確か『未来の固定のためには新しい数値を入力する必要がある。朝比奈みくるの役割はその数値の調整』だかなんだったか。つまり朝比奈さんは、ある意味では自分の都合のいいように過去を改変しにやって来ているわけである。無論それはつまり、自分自身が、言うなれば自分の存在する未来が存在するように、という、半ば自衛的で、半ば必然的な行動であるのかもしれないが。しかし、落ち着いて考えてみてほしい。あの冬の大立ち回り、つまり長門のエラーが爆発したあの事件を、ドラえもんのび太の大魔境よろしく未来から解決しに行った時のことを思い出してほしい。古泉の説明であるので、あまり確証のもてる話ではないが、時間は一部の例外を認めるにせよ、基本的には一つの世界線のみを基準に進んでいると考えて良いだろう。なぜなら、時間が一つでないのなら、朝比奈さん達未来人が、わざわざ過去に来て、しかも他の未来人勢力と対立して過去を改変する必要がないのだ。パラレルワールドが存在するならば、何も躍起になって過去を改変する必要はない。無数の分岐の中の一つが朝比奈さん達の暮らす未来になるであろうことは、想像に難くないからだ。ではなぜ、朝比奈さんは過去を改変しなければならないのか。人間のその時その時の選択が、偶然であったにせよ、世界線が一つであるならば、未来から過去へ世界線を俯瞰して眺めた時に、すべての偶然は必然となるだろう。未来にとって世界はその選択しか許容しなかったのだ。では、その必然が揺らぐ時、それはなんであろうか。そう、TPDD、つまりタイムマシンの存在だ。彼らが時間に干渉できるようになって初めて、時間は不可侵で選択を認めない、偶然のような必然で構成されるものから、変質したのだ。時間に干渉できるようになって初めて、朝比奈さん達は時間を制御しなければならなくなったのではないか。まるで核分裂を発見した人類の歴史と同じではないか。そもそも、それが発見されなければ、そんな問題は起こらなかったはずなのだ。しかし、いずれ誰かが発見した時に、悪用されないためにも時間は良識ある人間が制御しなければならない、という発想は必然的に出てくるだろう。冷戦以降の核不拡散条約がいい例だ。しかしそう考えた時に、朝比奈さんと藤原違いは何か、と考えると、それは信ずる正義がいずれの側に属するか、という問題に他ならない。つまり、未来人達が行なっているのは、時間という人間が取り扱うには途方も無い概念を、どちらが主導権を持って管理していくか、という政治的パワーゲームに他ならない。
そして、落ち着いて考えると、さらに一点不可解なことが気にかかる。
最初の問題に立ち返るが、ハルヒによる時間断層の問題だ。つまり未来人は、俺たちが中学生だったあの頃より過去に、一度も行ったことがないはずなのだ。時間というものを、古い時間の概念超えて観測できるようになった時に、この問題はどうしても避けて通れないものになるだろう。何故ならば、化石のような状況証拠から推察される古生代、人間の発生、宇宙の誕生、そして記録として残る江戸時代や、アメリカ独立戦争、果ては、先ほど話題に出した冷戦ですら、未来人は直接観測できていない、ということになる。というか、過去という概念の、ある地点より前が、一切証明不可能なのだ。時空振動、という概念を考えるに、朝比奈さん達の未来では、時間を一種の振動、つまり波として捉えるのであろう。それはつまり、電磁波で距離を測定するソナーとかと、比較的近いのではなかろうか。観察者効果を考えるに、朝比奈さん達は、未来から何かしらの、粒子のようなものを過去に向けて投射し、その反響を観測しているのではないかと考えられるが、それがある場所を境に、一切存在していない、という状況になるわけだ。少なくとも、データの上ではそうなっているはずだ。それは、断層なんて甘っちょろいものではない、消失、あるいは欠落、と言ってもいいだろう。ある地点より過去は、観測できない以上存在しないのだ。 端的に言ってしまえば、朝比奈さん達未来人の常識において、人類の前史というものは、参照不可能なのだ。無論、化石や、これまでの記録としては残っている、しかし、時間平面理論という、より進んだ、新しい考え方では時間断層以前の歴史は観測不可能なものになっているのだ。
これは恐らく、古泉達以上に世界五分前仮説を信ずる動機になるだろう。本来なら、超能力者達ではなく、朝比奈さん達未来人がハルヒを神と崇めるべきなんじゃないのか?世界が観測可能になったその時に、ハルヒがその中心にいたのだ。それはつまり、現在俺たちが信じている宇宙理論においてビックバンの中心に知的生命体がいた、というのと感覚的にはほとんど同じだろう。それを神と信じることに、何の躊躇があろうか。
違う観点から考えてみよう。ハルヒは観測されたからこそ生まれた、と仮定してみる。つまりハルヒの能力は未来人による時間干渉の歪みを補正するために生まれた。という考え方だ。多分に人間原理寄りな考え方だが、従来あったはずの歴史を朝比奈さん達未来人が時間平面理論によって観測可能になったことに、全ての原因を求める考え方だ。俺がかつて信じていたように、サンタクロースも、未来人も、宇宙人も、超能力者もいない歴史が、これまでにあって、朝比奈さん達が観測したことによって、その歴史に歪みが生じた、と仮定する。観測という行為は常に観測対象を変化させる。未来人が時間を観測したことによって、ハルヒが生まれ、その歪みを補正するために、情報統合思念体や、超能力者が生まれた、と考えて見てはどうだろうか。
そもそも過去未来の時間を定量的に観測できる存在は、一種の四次元存在とも言える。今まで俺はそういう存在は情報統合思念体と広域帯宇宙存在だけであると考えていたが、時間を知覚し、時間に干渉できる以上、未来人も一種の四次元的存在であると言えるだろう。時間平面理論は、時間平面の名前の通り、未来人は時間を二次元の連続として捉えている訳であるが、これはわかりやすく説明するための方便でしかないように思う。パラパラ漫画の例えで朝比奈さんが説明してくれたことを思い出して欲しい。彼らは、パラパラ漫画に書き込むが如く、3次元のプレーンに干渉することができるのだ。そして、何より、TPDDだ。何の略称か忘れてしまった方のために改めておさらいするが、あれは「Time Plain Destroyed Device」の略称で、直訳するならば「時間平面破壊装置」と呼ぶこともできる。例えば、時間平面を地層のように考えて見て欲しい。20層下に埋まっている恐竜の化石を掘り返すためには、19層分の地層を掘削して取り除かなければならない。無論、上に建物が建っていたならば、その建物も壊さなければならないし、14層にあったほ乳類の祖先の化石を掘り返そうとしても、その層はすでに掘削されて取り除かれてしまっているので、参照不可能である。日めくりカレンダーを裏から破っていく、と考えてもいいかもしれない。朝比奈さんが言っていた重大なセリフを思い出して欲しい『時間は連続してないから、仮にわたしがこの時代で歴史を改変しようとしても、未来にそれは反映されません。この時間平面上のことだけで終わってしまう。』これは後々起こった事を考えてみると其の場凌ぎの嘘だったのではないかと思える節がいくつかある。そもそも過去の改変が未来に影響を及ぼさないなら、朝比奈さんはハルヒのことなど放っておいて、規定事項も処理する必要がないからだ。
この言葉の意味をそのままに受け取った場合の結論は二つだ、
① 朝比奈さんたちが純粋な知的好奇心からハルヒの行動を観察し、いずれ論文にまとめて学会に発表する。
② 朝比奈さんが遡行した時間平面から、俺たちが存在する時間平面の間は、未来人の時間平面破壊装置によって破壊されてしまっているため、変わるべき未来がそもそも存在しない。
①の可能性もあるにはあるが、まあその場合は何の実害もないので置いておくとして、問題は②の場合だ。時間が空白になる可能性に関しては、古泉が、冬のあの事件の時間的推移を俺に説明する際に考察している。七夕の件に関しても、朝比奈さんは現在に戻ることができず、長門の超宇宙パワーの手助けを借りて、実際に三年間の時間経過を待っている。いや、ダメだな、朝比奈みちるの件のことを失念していた、あの時8日後から来た朝比奈さんは確かに、未来へと戻っている。しかし、落ち着いて考えてみよう、仮に、破壊された時間平面はあったとしよう、しかし、その穴は、過去の朝比奈さんと、俺たちによってしっかり穴埋めされたわけだ。推測でしかないが、時間平面を時間移動することによって破壊している、という可能性はこれによって否定されるわけでもない。移動していない、一定時間から未来は、当たり前に存在していると考えてみれば、これはつまり、漫画単行本の特定のページの間を裁断して引き抜いたような形になる。朝比奈さんが、時間の分岐点の話をしている以上、時間は平面でありながらも、一種のベクトルを持って、未来へと進行している、と捉えることは可能だろう。時間平面理論というのは、時間を時間遡行のために観測するための限定的な、実用重視の考え方であって、本来的な時間は、一般相対性理論における時間概念を依然とっているのかもしれない。とすれば②の状況を仮定した場合、朝比奈さんたちの活動は、最初の時間平面移動によって破壊されてしまった歯抜けになった漫画のページに描き込まれる新しいストーリーを、朝比奈さんたちの暮らす未来に綺麗につながるように修正していると考えることができる。時間平面が積み重ねられていった結果、破壊されていない時間平面との接続における齟齬を最小限に抑えることが、朝比奈さんたちの仕事なのではないだろうか。
そう言えば、長門たちは時間連続体という言葉を使っている。時間平面という言葉も使ってはいるが、長門たちはどうも俺たちが理解できる言葉を選んで使っている節があるので、時間平面は朝比奈さんから情報共有されている俺たちが理解できる形の用語をあえて使っているという可能性は否定できない。時間平面理論は、時間が平面の連続、つまり、朝比奈さん的に雨ならば、パラパラ漫画のようなものである、という定義である。しかし、長門が行なった、三年間の時間停止に関して言えば、それは大きく矛盾していることがわかる。三年間、時間が止まっていたはずならば、その時間はそこで静止し、その先の未来は存在しないことになる。三年前に時間を止められた俺が、三年後の長門の部屋に出てくることは不可能なのだ。なぜならば、俺と朝比奈さんは、まごうことなく三年前の七夕という時間平面で、時間停止によって未来方向にパラパラ漫画を積み重ねていく工程を停止されていたのだから、俺と朝比奈さんはパラパラ漫画に開いた虚無の穴の底にたゆたっているはずだ。三年後に長門が寝室の襖を開けたとしても、そこには虚無が広がっているだけのはずなのだ。なぜならば、そこに時間平面は存在していないのだから。長門は、TPDDを、原始的な時間移動手段であるということを語っていたが、時間が情報として理論、体系化可能であるのであるから、情報統合思念体も、やはり当たり前に、時間を移動するすべを知っているということになる。何よりも、情報統合思念体は、どちらかというと時間を超越した高次元存在のように、俺は考えている。三年前の長門が、三年後の長門に同期を求めたことをお忘れではないだろう。つまり情報統合思念体にとって、時間というものは操作することのできる情報の一つに過ぎず、人間のように、時間という平面の連続を、未来方向に光速で移動する必要がないのだ。
色々と考えてみたが結局のところ、三次元存在である俺にとって、時間というものを理解することはおそらく無理なのだろう、と思う。それは俺より幾分か頭がいいが、超能力者でありながらも、同じく三次元存在である古泉にだって多分不可能だ。
ともあれ、朝比奈さんは、船の浮く原理が社会常識から削除され、ケプラーの天体望遠鏡は一般教養として普遍化した世界からやってきているのだ。そして、俺たちが知るべきでない未来は『禁則事項』によって覆い隠してくれている。
俺にできることは、せいぜい未来を楽しみにして、今日という時間平面を生きることだけなのだろうな。
「オールユーニードイズ長門有希」完
あの時の朝比奈さんのセリフはこうだ。『三年前。大きな時間振動が検出されたの。ああうん、今の時間から数えて三年前ね。キョン君や涼宮さんが中学生になった頃の時代。調査するために過去に飛んだ我々は驚いた。どうやってもそれ以上の過去に遡ることができなかったから』ということは、原因の調査は朝比奈さん達の目的ではなさそうだ。その後、時間の歪みの中心にハルヒがいた、と言っていることからも、朝比奈さん達は時空振動の原因をハルヒと断定して行動しているわけだ。
思い出した、朝比奈さんの目的を長門に説明してもらったことがある。確か『未来の固定のためには新しい数値を入力する必要がある。朝比奈みくるの役割はその数値の調整』だかなんだったか。つまり朝比奈さんは、ある意味では自分の都合のいいように過去を改変しにやって来ているわけである。無論それはつまり、自分自身が、言うなれば自分の存在する未来が存在するように、という、半ば自衛的で、半ば必然的な行動であるのかもしれないが。しかし、落ち着いて考えてみてほしい。あの冬の大立ち回り、つまり長門のエラーが爆発したあの事件を、ドラえもんのび太の大魔境よろしく未来から解決しに行った時のことを思い出してほしい。古泉の説明であるので、あまり確証のもてる話ではないが、時間は一部の例外を認めるにせよ、基本的には一つの世界線のみを基準に進んでいると考えて良いだろう。なぜなら、時間が一つでないのなら、朝比奈さん達未来人が、わざわざ過去に来て、しかも他の未来人勢力と対立して過去を改変する必要がないのだ。パラレルワールドが存在するならば、何も躍起になって過去を改変する必要はない。無数の分岐の中の一つが朝比奈さん達の暮らす未来になるであろうことは、想像に難くないからだ。ではなぜ、朝比奈さんは過去を改変しなければならないのか。人間のその時その時の選択が、偶然であったにせよ、世界線が一つであるならば、未来から過去へ世界線を俯瞰して眺めた時に、すべての偶然は必然となるだろう。未来にとって世界はその選択しか許容しなかったのだ。では、その必然が揺らぐ時、それはなんであろうか。そう、TPDD、つまりタイムマシンの存在だ。彼らが時間に干渉できるようになって初めて、時間は不可侵で選択を認めない、偶然のような必然で構成されるものから、変質したのだ。時間に干渉できるようになって初めて、朝比奈さん達は時間を制御しなければならなくなったのではないか。まるで核分裂を発見した人類の歴史と同じではないか。そもそも、それが発見されなければ、そんな問題は起こらなかったはずなのだ。しかし、いずれ誰かが発見した時に、悪用されないためにも時間は良識ある人間が制御しなければならない、という発想は必然的に出てくるだろう。冷戦以降の核不拡散条約がいい例だ。しかしそう考えた時に、朝比奈さんと藤原違いは何か、と考えると、それは信ずる正義がいずれの側に属するか、という問題に他ならない。つまり、未来人達が行なっているのは、時間という人間が取り扱うには途方も無い概念を、どちらが主導権を持って管理していくか、という政治的パワーゲームに他ならない。
そして、落ち着いて考えると、さらに一点不可解なことが気にかかる。
最初の問題に立ち返るが、ハルヒによる時間断層の問題だ。つまり未来人は、俺たちが中学生だったあの頃より過去に、一度も行ったことがないはずなのだ。時間というものを、古い時間の概念超えて観測できるようになった時に、この問題はどうしても避けて通れないものになるだろう。何故ならば、化石のような状況証拠から推察される古生代、人間の発生、宇宙の誕生、そして記録として残る江戸時代や、アメリカ独立戦争、果ては、先ほど話題に出した冷戦ですら、未来人は直接観測できていない、ということになる。というか、過去という概念の、ある地点より前が、一切証明不可能なのだ。時空振動、という概念を考えるに、朝比奈さん達の未来では、時間を一種の振動、つまり波として捉えるのであろう。それはつまり、電磁波で距離を測定するソナーとかと、比較的近いのではなかろうか。観察者効果を考えるに、朝比奈さん達は、未来から何かしらの、粒子のようなものを過去に向けて投射し、その反響を観測しているのではないかと考えられるが、それがある場所を境に、一切存在していない、という状況になるわけだ。少なくとも、データの上ではそうなっているはずだ。それは、断層なんて甘っちょろいものではない、消失、あるいは欠落、と言ってもいいだろう。ある地点より過去は、観測できない以上存在しないのだ。 端的に言ってしまえば、朝比奈さん達未来人の常識において、人類の前史というものは、参照不可能なのだ。無論、化石や、これまでの記録としては残っている、しかし、時間平面理論という、より進んだ、新しい考え方では時間断層以前の歴史は観測不可能なものになっているのだ。
これは恐らく、古泉達以上に世界五分前仮説を信ずる動機になるだろう。本来なら、超能力者達ではなく、朝比奈さん達未来人がハルヒを神と崇めるべきなんじゃないのか?世界が観測可能になったその時に、ハルヒがその中心にいたのだ。それはつまり、現在俺たちが信じている宇宙理論においてビックバンの中心に知的生命体がいた、というのと感覚的にはほとんど同じだろう。それを神と信じることに、何の躊躇があろうか。
違う観点から考えてみよう。ハルヒは観測されたからこそ生まれた、と仮定してみる。つまりハルヒの能力は未来人による時間干渉の歪みを補正するために生まれた。という考え方だ。多分に人間原理寄りな考え方だが、従来あったはずの歴史を朝比奈さん達未来人が時間平面理論によって観測可能になったことに、全ての原因を求める考え方だ。俺がかつて信じていたように、サンタクロースも、未来人も、宇宙人も、超能力者もいない歴史が、これまでにあって、朝比奈さん達が観測したことによって、その歴史に歪みが生じた、と仮定する。観測という行為は常に観測対象を変化させる。未来人が時間を観測したことによって、ハルヒが生まれ、その歪みを補正するために、情報統合思念体や、超能力者が生まれた、と考えて見てはどうだろうか。
そもそも過去未来の時間を定量的に観測できる存在は、一種の四次元存在とも言える。今まで俺はそういう存在は情報統合思念体と広域帯宇宙存在だけであると考えていたが、時間を知覚し、時間に干渉できる以上、未来人も一種の四次元的存在であると言えるだろう。時間平面理論は、時間平面の名前の通り、未来人は時間を二次元の連続として捉えている訳であるが、これはわかりやすく説明するための方便でしかないように思う。パラパラ漫画の例えで朝比奈さんが説明してくれたことを思い出して欲しい。彼らは、パラパラ漫画に書き込むが如く、3次元のプレーンに干渉することができるのだ。そして、何より、TPDDだ。何の略称か忘れてしまった方のために改めておさらいするが、あれは「Time Plain Destroyed Device」の略称で、直訳するならば「時間平面破壊装置」と呼ぶこともできる。例えば、時間平面を地層のように考えて見て欲しい。20層下に埋まっている恐竜の化石を掘り返すためには、19層分の地層を掘削して取り除かなければならない。無論、上に建物が建っていたならば、その建物も壊さなければならないし、14層にあったほ乳類の祖先の化石を掘り返そうとしても、その層はすでに掘削されて取り除かれてしまっているので、参照不可能である。日めくりカレンダーを裏から破っていく、と考えてもいいかもしれない。朝比奈さんが言っていた重大なセリフを思い出して欲しい『時間は連続してないから、仮にわたしがこの時代で歴史を改変しようとしても、未来にそれは反映されません。この時間平面上のことだけで終わってしまう。』これは後々起こった事を考えてみると其の場凌ぎの嘘だったのではないかと思える節がいくつかある。そもそも過去の改変が未来に影響を及ぼさないなら、朝比奈さんはハルヒのことなど放っておいて、規定事項も処理する必要がないからだ。
この言葉の意味をそのままに受け取った場合の結論は二つだ、
① 朝比奈さんたちが純粋な知的好奇心からハルヒの行動を観察し、いずれ論文にまとめて学会に発表する。
② 朝比奈さんが遡行した時間平面から、俺たちが存在する時間平面の間は、未来人の時間平面破壊装置によって破壊されてしまっているため、変わるべき未来がそもそも存在しない。
①の可能性もあるにはあるが、まあその場合は何の実害もないので置いておくとして、問題は②の場合だ。時間が空白になる可能性に関しては、古泉が、冬のあの事件の時間的推移を俺に説明する際に考察している。七夕の件に関しても、朝比奈さんは現在に戻ることができず、長門の超宇宙パワーの手助けを借りて、実際に三年間の時間経過を待っている。いや、ダメだな、朝比奈みちるの件のことを失念していた、あの時8日後から来た朝比奈さんは確かに、未来へと戻っている。しかし、落ち着いて考えてみよう、仮に、破壊された時間平面はあったとしよう、しかし、その穴は、過去の朝比奈さんと、俺たちによってしっかり穴埋めされたわけだ。推測でしかないが、時間平面を時間移動することによって破壊している、という可能性はこれによって否定されるわけでもない。移動していない、一定時間から未来は、当たり前に存在していると考えてみれば、これはつまり、漫画単行本の特定のページの間を裁断して引き抜いたような形になる。朝比奈さんが、時間の分岐点の話をしている以上、時間は平面でありながらも、一種のベクトルを持って、未来へと進行している、と捉えることは可能だろう。時間平面理論というのは、時間を時間遡行のために観測するための限定的な、実用重視の考え方であって、本来的な時間は、一般相対性理論における時間概念を依然とっているのかもしれない。とすれば②の状況を仮定した場合、朝比奈さんたちの活動は、最初の時間平面移動によって破壊されてしまった歯抜けになった漫画のページに描き込まれる新しいストーリーを、朝比奈さんたちの暮らす未来に綺麗につながるように修正していると考えることができる。時間平面が積み重ねられていった結果、破壊されていない時間平面との接続における齟齬を最小限に抑えることが、朝比奈さんたちの仕事なのではないだろうか。
そう言えば、長門たちは時間連続体という言葉を使っている。時間平面という言葉も使ってはいるが、長門たちはどうも俺たちが理解できる言葉を選んで使っている節があるので、時間平面は朝比奈さんから情報共有されている俺たちが理解できる形の用語をあえて使っているという可能性は否定できない。時間平面理論は、時間が平面の連続、つまり、朝比奈さん的に雨ならば、パラパラ漫画のようなものである、という定義である。しかし、長門が行なった、三年間の時間停止に関して言えば、それは大きく矛盾していることがわかる。三年間、時間が止まっていたはずならば、その時間はそこで静止し、その先の未来は存在しないことになる。三年前に時間を止められた俺が、三年後の長門の部屋に出てくることは不可能なのだ。なぜならば、俺と朝比奈さんは、まごうことなく三年前の七夕という時間平面で、時間停止によって未来方向にパラパラ漫画を積み重ねていく工程を停止されていたのだから、俺と朝比奈さんはパラパラ漫画に開いた虚無の穴の底にたゆたっているはずだ。三年後に長門が寝室の襖を開けたとしても、そこには虚無が広がっているだけのはずなのだ。なぜならば、そこに時間平面は存在していないのだから。長門は、TPDDを、原始的な時間移動手段であるということを語っていたが、時間が情報として理論、体系化可能であるのであるから、情報統合思念体も、やはり当たり前に、時間を移動するすべを知っているということになる。何よりも、情報統合思念体は、どちらかというと時間を超越した高次元存在のように、俺は考えている。三年前の長門が、三年後の長門に同期を求めたことをお忘れではないだろう。つまり情報統合思念体にとって、時間というものは操作することのできる情報の一つに過ぎず、人間のように、時間という平面の連続を、未来方向に光速で移動する必要がないのだ。
色々と考えてみたが結局のところ、三次元存在である俺にとって、時間というものを理解することはおそらく無理なのだろう、と思う。それは俺より幾分か頭がいいが、超能力者でありながらも、同じく三次元存在である古泉にだって多分不可能だ。
ともあれ、朝比奈さんは、船の浮く原理が社会常識から削除され、ケプラーの天体望遠鏡は一般教養として普遍化した世界からやってきているのだ。そして、俺たちが知るべきでない未来は『禁則事項』によって覆い隠してくれている。
俺にできることは、せいぜい未来を楽しみにして、今日という時間平面を生きることだけなのだろうな。
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